一章

第13話 このお礼は受け取れない

 あれから年が明けて、王城で毎年行われる新年の祝いを兼ねたパーティーに招待された家族に連れられて王都にある別荘(この国の貴族になら誰でもあるけどこれって前世の日本の歴史でいうなら江戸藩邸えどはんていやタウンハウスに近いんじゃなかろうか)に来ていた。

 本来なら領でひたすらトレーニングしたいところだが、今年は俺にも用事が出来たからだ。

 というのも宰相、リリィの父親であるアインホルン公爵様から「第一王子と婚約者である娘が同じくパーティーに参加出来ぬ令息と令嬢に向けて茶会を開くので、娘の護衛を頼む」と依頼された。つまりリリィの騎士としての初仕事といったところか。


「公爵様も夫人と御身が狙われただけに、リリアーネ様が心配なんだろうね」

「それは分かるからいいけど、なんで青と白の服まで向こうが送ってくれたんだ……?」


 それも公爵夫人の名義で、だ。靴は流石に自前の中で綺麗で動きやすい物だが、その他は送られた物を着るように添えられていた。

 こういう色合いや雰囲気は兄貴の方が似合うのは夫人だって分かっているだろうに。


「まぁまぁ。ほら、もうすぐ公爵邸だよ」

「……兄貴何か知ってるだろ」

「想像してこうだろうなって予測だけね。でもエデルにも分かると思うし、ちょっと考えてみて思い付くようになって欲しいかなぁ」


 なんだそれ!? と思わず顔が歪んだ気がする。

 はっきりと言おう、前世もゲームも俺は男女のお付き合いの経験はない。演技でそれらしい事はしても本気の恋愛を経験する前に事故で死んだり、リリアーネを一途に想って生涯を暮らしたからだ。

 今の俺だってリリィが好きだから幸せにしたいのであって、この恋愛が浮かばれるかどうかは勘定に入れていない。

 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、馬車は屋敷に到着してじいやさんが俺を迎えてくれていた。

 兄貴は別件があるので馬車にそのまま乗って行ってしまって、じいやさんに案内されるまま応接間で待っていた時だった。


「──エデル君、おはよう。今日は来てくれてありがとうね?」


 突然の公爵夫人に思わず立ち上がって、ぎこちなく挨拶を返してしまった。

 公爵夫人はリリィと同じ髪の色にくっきりとした目鼻立ちをしていて、悪役令嬢リリアーネにそっくりだ。けれど掛けてちょうだいと笑ったその表情はリリィと同じ穏やかなソレで、今のリリィが成長したらこんな感じだろうなという気持ちになる。


「リリィはもう少しで来るはずよ。今張り切ってるから」

「そ、そうですか」

「ええ。それとね、直接貴方にお礼が言いたかったの」


 夫人は俺と向かい合った椅子に座って、にこやかに示して下さった。


「旦那様から聞いたわ、貴方が私を助けてくれたって」

「……俺の手柄ではありませんよ。家族が俺を信じてくれたから、」

「お手紙の通りの反応ね。知っていて? 貴方のお母様は謙遜している末の息子に自信を持たせてあげたくって今日のお茶会のエスコートを私から提案してってお願いしようとしてたのですって」


 私の旦那様に先を越されてしまったそうだけど、と笑う夫人。

 母さんにまで心配かけていたらしい。もう臨月だっていうのに。


「本当にエデル君は一気に大人びたわね、リリィのお誕生日の時もお兄さんになったわと思ったのだけど。リリィにも弟か妹がいたらお姉さんになってくれるかしら?」


 楽しそうにそう話をする夫人を見て、ああ、この人を助けられてよかった、と思った。公爵家の明かりはきっとこの人なのだとなんとなく感じたから。


「──っ、お待たせしてごめんなさい!」


 吹き抜ける冬の風の様に響く声。振り向くとそこには、白百合の髪飾りをつけて金の刺繍が美しい黄色のドレスに身を包んだリリィがいた。

 金はクラウスの髪の色だが、光の加減で琥珀のような色合いのソレは「エデルの目の色」と同じだ、と考えついて。思わず夫人の方を振り返った。


「ふふ、?」


 いや、流石にこのお礼は受け取れない! しかもリリィは婚約者がいるし俺がリリィの色を着ちゃマズいだろ!

 そう言いかけて立とうとして、不意にリリィに名前を呼ばれた。


「エデル、その……おかしなところはないかしら?」


 少し不安げな、でも嬉しそうな笑顔。

 前世の姉が片思いの相手とのデートの時に俺に聞いてきた時を思い出したが、それくらいリリィは浮き足立っているように思えた。


「おかしなところなんか。むしろ綺麗だと思うぞ、リリィ」


 心のままにそう返す。あの時の姉には適当な返答だったと思うが、その時よりもすっと言葉に出た気がする。

 俺の返答を聞いたリリィは、ほっと胸を撫で下ろした。


「良かった、お母様やみんなの意見だけじゃ不安だったの」

「きっと兄貴も褒めたと思うが……俺の評価だけでも喜んでくれるか?」

「もちろんよ! エデルからの評価だから嬉しいっていうのもあるのだけど……」

「けど?」

「いいえ。やっぱり、なんでもないわ」


 そう言われると気になるとは言わずに、ならいいけど、と返した。

 クラウスがいるんだ、俺からの感想っていうだけで嬉しい、それだけでも十分だろう。


「さぁ、ふたりとも気をつけて行ってらっしゃいな。お城でみんなが待っているわ」


 公爵夫人にそう言われて、俺達はアインホルン公爵家の馬車で王城へと向かったのだった。

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