第11話 この世界の未来を、ひっくり返す
「ええっと、その……どなたでしょう?」
『おっと。こういう時に現れるものと言ったら神様か何かというのが転生モノのセオリー、というやつであろう? まぁ聖霊って名前の存在じゃが!』
すっげぇ陽気な前世の俺の田舎の爺ちゃんみたいだなぁ、と現実逃避するしかない。まぁすぐ現実に帰らざるを得なかったけど。
「それで、その……何故ここに聖霊様が?」
『お礼とお詫びとお願い』
「お礼とお詫びとお願い」
にしては態度デカくないか? とは思ったけど、相手は神様だし本来相手に平伏するのはこちら側だし、黙っておく事にした。
前世の事を思い出したりした事に関して順を追って説明してほしいし。
『まず、アインホルン公爵夫人の死の回避。これについて礼を述べさせてほしい。また、お前さんに任せっきりにしてすまぬ。最近は特に瘴気の抑制に力を使っとるから、お前さんに声をかける機会が取れなかったのよ』
「……怒らないのか? 勝手に他人の運命を変えたのに」
てっきり小言でも言われるのかと思っていた。
『むしろ、変えて欲しかったからお前さんの言う前世の記憶を見せたのじゃ。真に選びし聖女、リリアーネの為に』
「……聖女、リリアーネ?」
思わず聞き返してしまった。「グレイス・ハート」ではリリアーネは悪役であり、主人公こそが聖女であるとされていたから、それはこちらでも貫かれる事だと思っていたからだ。
それが違うのなら、この世界はなんだ?
『お前さんの知る物語と違うと思っておろうが、そもこの世界と偶然重なったものでな。この世界そのものではない』
「じゃあ、あのシナリオ通りには行かないって事か?」
『そうとも限らぬ。あの物語がこの世界の未来となりつつあるのじゃ。リリアーネはとてもいい子だからこそ試練に挑戦してもらい、我も周りも納得出来る形で聖女として頑張ってほしいと思うておる』
「……確かに、悪役令嬢としてのリリアーネは三つの試練を乗り越えた先で主人公と戦った。試練を突破出来るだけの力はあったのか」
ただ彼女を守るだけの、助けるだけの「愛」が一歩及ばなかった。それはどの攻略対象とのストーリーでも変わらない。
リリアーネが助かる話があってもそれはバッドエンドであり、リリアーネは人間を救わぬ冷徹な聖女として活躍したというモノローグが流れるだけだ。
そして、コンティニューする羽目になる。
『物語での主人公となる少女、力はあるが性格に難ありというやつでの』
「いや、トルディラは辺境の村の優しく誠実な少女じゃなかったか? 物語では」
『物語では、な。あちらのトルディラとは別人じゃぞ』
「というかデフォルト名だから違うのも覚悟してたんだが、トルディラだったかぁ……馴染みあるだけに複雑だな」
前世の俺がプレイする時はデフォルト名であるトルディラ、愛称もそのままトルディでプレイしたからそうであって欲しくないと思っていたが、そうもいかないらしい。
「グレイス・ハート」での主人公トルディラは、美しい緑色の瞳が特徴的な辺境の村に住む優しくて誠実な少女だ。突如として広がった村の流行病をたった一度の治癒魔法で全員治してしまった事を王族に重く見られ王立シュヴァルべ学園に入学する事となり、あらゆる魔法の才能を発現し、一年後に聖女選定の一人として選ばれる。
なお、この魔法の才能を発現している期間に攻略対象と仲良くなる。もちろん、クラウスも含まれている。
『話を戻すぞ。トルディラは中々の野心家のようでの、本性を上手く隠して村長の息子に近付き、いずれ村の女主人になろうと考えるほどじゃ。能力が高いから試練に突っ込んでコテンパンにしてやりたいところだがのう……聖女となれずともアレでは王子を狙いかねん』
「……攻略対象の中にも良いやつはいるから、そいつらは助けたい。もちろんクラウスはリリアーネの敵だから一緒に破滅してもらっても構わないんだが」
『ほうほう? お前さんはリリアーネの絶対的な味方じゃから信頼しとるし、誰を助けるかは好きにしてもらってよい。そも我は聖女に直接手を差し伸べる事は出来ぬ故、リリアーネを愛しておるお前さんにお願いしたい』
「なんでリリィを助けられないんだ?」
疑問だったのはこれもある。リリィ本人ではなく何故俺なのか。
『ひとつは、聖女の試練の公平さが損なわれる。この公平さが崩れた時、人間は選ばれた聖女をどうするか分からない。殺そうとするか崇めるか、昔には我が望んでおらぬのに生贄として捧げる事例もあったからの』
「リリィを守るためか……もうひとつは?」
『我がリリアーネの「騎士」にお前さんが良いと思うとるだけじゃ。我があの物語でのお前さんの誠実さに心を打たれ、前世でリリアーネに寄り添いたいと願う優しさに我も共感したお前さんが良い。お前さんは下心だと思っとるのかもしれんが、ひとつくらいは愛の為にこの世界の未来をひっくり返す物語があっても良かろう?』
聖霊はまるで少女が悪戯の計画を打ち明けるように、無邪気な笑顔でその美しい顔を歪めた。
この世界の未来を、ひっくり返す。
それはどんなに険しく、どんなに自分勝手な行動だろう。俺は、たったひとりの好きな人の為に、何を犠牲にするのだろう。
──けど、リリィが幸せになるのなら。
「ああ、決まってる。俺は運命に抗ってやる。リリィの幸せがその先にあるなら」
恐怖はある。不安も、焦りも、ある。
けれどそんな事で立ち止まるくらいなら、全力で突っ走って、少しでも活路を見出したい。
それが「
『ありがとうエデル。我はお前さんを見守っておるぞ』
聖霊は、満足そうに微笑んで、その姿を消した。
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