第10話 守るべき美しいものを見た

 翌朝。俺はアインホルン公爵邸で朝食までいただいて、リリィと共に馬車で王都へ向かった。

 そこまでは普通だ。そこまでは。


「なぁ、リリィ。流石にここが馬車の中で相手が俺だからって、こんな接近して座るのは駄目なんじゃねぇの?」

「今だけ、今だけよエデル。王都に着くまでの間だけ、隣にいて欲しいの」

「王都に着くまで、だからな?」


 うん、と応えるリリィは俺にくっつきながら窓の外を見ないようにしていた。防衛や流通の都合上ひとつしかない王都への道だ、どうしてもリリィの母さんの事故現場を通らなくてはならないから、俺に隣にいて欲しいんだろう。

 前世で、交通事故の現場の横を通らなきゃならない時はあった。前が潰れた車の周りを囲む警察とか事故の関係者じゃなくても気分が良いものでは無かった記憶がある。ましてや今のリリィは事故の被害者家族だ、怖いに決まっている。

 俺はなにか気を紛らわそう、と頭を回転させた。


「そういや、さ。俺達もあと何年かしたら学園通うんだよな」

「ええ。でも学園って勉強するところよ? あなた、勉強嫌いじゃない」

「嫌いじゃなくて椅子に縛り付けられるような事が苦手なんだよ……でも、今回ので分かった。そうも言ってられないって」


 俺は何も持ってない。何もかも足りない。だからこそ他人に頼る事を選ぶしかなかった。

 結果は良かった、でもこれで良かったんだろうか。これからも全てを他人に委ねて良いんだろうか。


「後悔したくねぇんだよ。自分の力が無かったから何も守れませんでした、なんて」


 それはきっとあのゲームでの俺が一番思った事。自分の力が無かったから、主人公やクラウス達に負けたから、リリアーネという大切な人を守れなかった。

 エデルゲームの俺は、聖女選定の儀を混沌に貶めたリリアーネの代わりに罪を贖う事を求められた。つまり、平民となった上で死んだリリィの代わりに神殿で永蟄居するという、死んだリリィの罪を背負う事を望まれた。エデルも納得した上で執行される時を待っていた。

 しかしそれを阻止しようとしたのが、主人公達。リリアーネに付き合わされた彼に温情を、せめてクラウスの近衛隊に、と国王陛下に奏上した。もちろんエデルは激昂した、けれど覆らないと知った時、リリアーネへの贖いとして隠し持っていた短刀で死んだとあった。

 きっと、エデルゲームの俺もリリィが好きだった。だからこそ罪を背負う気でいたし、赦されるくらいならと死を選んだのだろう。


「──なんだか、ここ最近のエデルったら年上のお兄さんみたいになったわね」

「そ、そうか? まぁ考える事があったからかもしれねぇけど、自分じゃ分からないもんだな」

「考える事……そうよね、私も自分の足で立って歩けるよう考えなくちゃいけないのよね」


 リリィは両親に愛されて育った。だからこそ今回の事故、いや事件はどちらにしてもリリィの転機となるのかもしれない。

 良い方に転がっていると、思いたい。だからつい、こんな助言をしてしまった。


「リリィなら治癒魔法とか使えんじゃねぇの? そしたら、リリィが助けられる人がひとりでも増えるしさ」


 治癒魔法は特殊だ。土とかの魔法はその場と自分の魔力を練り上げて発動するけど、治癒魔法は救いたいという思いで「聖霊の奇跡」をするらしい。

 ただ思っていても扱える訳じゃないので数は少ないし、その中でも飛び抜けて魔法も強い少女が聖女に選ばれる、というのが「グレイス・ハート」での話だった。


「私に、治癒魔法が使えるのかしら……風なら意のままだけれど」

「出来るって。だって今のリリィなら、助けたい人がいるだろ?」


 悪役令嬢リリアーネは自分の母を救えなかった自分に嘆いて、結果、治癒魔法を扱えるようになった。聖女に選定されるくらい力を付けたのは大切な人だけでも助けたかったからだ、とは俺が勝手に思ってるんだけど。

 でも、今のリリィを見ればその考察も、間違いじゃない気がする。


「──うん、私やってみる。上手くいかないかもしれない。ちゃんと出来ないかもしれない。それでも私、エデルやみんなを助けたい」


 真っ直ぐな瞳が見つめてくる。美しい黎明の空は希望に満ちた光で輝いて、俺を熱く、



「待ってくれリリィ。えっ、俺を助けたいって言った?」



 間が空いて。


「っみ、みんなのくくりの代表で名前出しただけよ!」


 真っ赤な顔をさせたリリィが、大きな声で反論した。そんな姿もかわいいと思ってしまったのは、果たしてなんだろうか。

 こんな些細な事で言い争いするのも馬鹿らしいなと気付いた時には思わず2人で笑い合っていて、リリィと俺の声が馬車に響いていた。


(──ああ、守るべき美しいものを見た)


 無邪気に笑うリリィは可愛らしくも美しくて、守るべきはこの笑顔だなと胸に刻んだ。



 そうして俺はアインホルン公爵夫人が死ぬ未来を回避した訳だが──、


『すまんなぁ、エデル・キルシュネライト。お前さんには苦労をかけてしまったと思っとる。まぁ、それもこれも運命きゃつのせいなんじゃがな!』


 ギラギラに輝く真っ白な狐(?)耳ロリが俺のベッドの上に足を組んでわっはっはっ! と笑っていたのだった。


『おっと、わしは狼じゃからな! 狐ではないぞ!』

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