第8話 この声を聞いてくれ

 リリアーネの誕生日会から帰って、すぐ。

 俺は兄貴から事情を聞いた親父に、再度「夢」について話す事になった。ものすごく真剣な目だったからこっちの方が萎縮するくらいで訓練なんかより怖いとすら思ったが、それだけ真摯に向き合ってくれたのだとホッとした。


「それが本当なら、アインホルン公爵家……ファルケの智が失われる事もあり得る。聖霊様がそれを危惧してエデルに夢を見せたのだとしたら、警戒するに越した事は無い。まぁ、魔獣の活動が活発になってるとか言って当日だけでも公爵夫人を護衛させてくれってすりゃ、公爵だって首を縦に振るさ」

「意外と、親父もすんなり信じるんだな……?」

「息子の様子が嘘かどうか分かるくらいにゃ父親やってるつもりだぞ? 少なくともラオウルとお前がこんなヘンテコな嘘をついて良い事があるとも思えねぇよ」


 へらりと笑うも目は真剣そのものといった親父は、早速アインホルン公爵と連絡を取り次第動く事を約束してくれた。ひとまず安心、そう思うだけで力が抜けるような気がする。

 兄貴のほらね? と言わんばかりに優しい笑顔と視線がちょっとくすぐったい。

 それから、この事は母さんにも説明する事になった。


「母上、今よろしいでしょうか? エデルから話があるんですが」

「あらラオウル。エデルがお話って、どんな事かしら?」


 プラチナブロンドの髪を肩に流し、淡い青の瞳をこちらに向ける俺達の母さんは、大きな腹を撫でながら美しく穏やかに微笑んでいる。

 恐る恐る事の経緯を俺が話すと、母さんは眉を下げて頬に手を添えた。


「ならラオウルが様子を見に来てくれるのが不定期になるのも仕方ないわね。旦那様が許可なさったのなら、キルシュネライト伯爵夫人として異論は無いもの」

「もちろん、エデルはまだ戦闘経験も僕や手を抜いた父上以外との対戦経験も無いから書類整理が主になるかと。でも父上がこれ幸いと騎士団とエデルを引き合わせる気がするんですよね」


 ほんとあの人ったら、と母さんはため息をついた。というか兄貴の話ぶりから推測すると、俺は報告を待つ身になるらしい。

 本当なら参加したいところだったが、こればっかりは仕方ない。本気の大人に今の俺が敵う訳がないと前世の俺も言っている気がするし、俺もそう思う。


「エデル、そんなに落ち込まないで。大丈夫、僕や父上と騎士団を信じて」

「分かってる……けど、力が無いのが悔しい」


 俺には前世で見た転生モノの主人公のようなチートなんて持ってないし、競走馬だって血が良くても能力を活かせないなんてあるって聞いた事もあるし、これが傲慢だと分かっているからこそ。

 少しでものが悔しい。


「エデル。ちょっとこちらにおいで」


 母さんに呼ばれて、近付く。優しい微笑みのまま、腹を撫でていた手が今度は俺の頭をそっと撫でてくれた。


「怖かったのに、勇気を出してくれてありがとう。その勇気は今後とっても大事な自信になっていく、貴方が自分で出した戦績。悪い人間や魔獣、他者を傷付けなければならない騎士として勇気は大切なもの──と、これは旦那様の受け売り。ですが貴族としても声を上げる勇気が必要な時もあります。だから、よく頑張ったわねエデル」


 優しく、労われて。素直に喜んでいいのか分からないまま、受け止めるしかなかった。



 ──数日後。俺は書類の整理や必要資料の提出などの手伝いをしながら、ふと窓の外を見る。

 もうすぐ夕方、その割にはどんよりとした雲が遠くの空からこちらに向かっている。芯から冷えるような寒さから雪が降って来る気がして騎士団参謀のロイス副団長と第三部隊長(第三部隊は騎士団に常時一定以上が駐在する部隊で、緊急時以外は書類仕事が主な任務なので文官に近いけど腕の立つ騎士達で構成された部隊だ)に告げると、副団長も空を確認した上で指示を出した。


「雪道によっては事故なども起こりかねない、備えの確認と何があっても動けるようにしておいてくれ。この時間まだ見回りをしている者もいる第二部隊との連携も怠るな。救護部隊にも一応連絡を入れてくれ」


 副団長の言葉を聞いて迅速に動く第三部隊の姿を見ると副団長の方が親父より騎士団の上に立った方がいいんじゃないかと思うけど、親父の方が強いからこれでいいと返される。

 褐色肌という異国人の特徴を持つ自分に偏見もなく、能力で道を開けるようにしてくれた自分の恩人だから、と緑の瞳も微笑ませて答えてもいた。


「副団長、俺は手伝える事ありますか」

「エデルはそのまま書類作業をしてもらえると人員が少なくなった分助かる。特に、文官に提出書類を渡す方が重要だからな」

「分かりました。時間的にも回収時刻迫ってますもんね」

「それに、君は団長の息子だ。しっかりとした実績とならないかもしれないが、指示を全うしたという結果は評価の一歩になる……頼みますよ、次代のファルケの武に連なる方」

「継ぐのは兄貴ですよ。俺は力が無いから、いつも不安です」


 ──報告によれば、今夜アインホルン公爵夫妻が出かける事になっているらしい。これから雪が深くなれば、宰相である公爵の仕事も長引くか公爵夫人を迎えに行けないだろう。

 言いようのない不安。子供という無力感からの悔しさ。不甲斐ない自分への怒り。

 ぐるぐると体を回る全てが気持ち悪くて、まだ満足に眠れない。


(聖霊様とやら、この声を聞いてくれ。俺が「この世界を物語として記憶している事」を知ってるんだろ。なら、リリィの母さんを助けてくれ。この記憶で何かしろってんなら、全力で応えるから)


 窓に視線を戻して、空を睨む。それで変わるかは分からないまま。



 ──それから数時間後、アインホルン公爵家の馬車は、襲撃された。

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