第7話 雪が降り積もるように
(なんか、ガラにもなく兄貴に感情的になっちゃったな)
体が、いや俺が子供だから抱えきれていなかったのか、兄貴に洗いざらい全部話してしまった。前世じゃなくて夢って事にしたけど、兄貴の反応を見ると夢ならそういう話もあるようだったから信じてもらえたようだ。
まぁ少しスッキリした分、どっと疲れた感じがするけど。
「──エデル!」
目的地のアインホルン公爵邸の玄関に到着した馬車から降りると、冷たい風の隙間からリリィの声が聞こえて顔を上げた。
銀色の髪を大人っぽくまとめて、柔らかな紫色の瞳に合う青と白のドレスはいつもより可憐で、侍女が後ろから駆けつけて首にかけた白い毛皮も合わせて「冬の妖精」のようなリリィが俺に手を振っている。
俺は兄貴や門番に声かける事も忘れて、慌てて開けっ放しの寒そうな玄関先にいるリリィに駆け寄った。
「こんなとこいたら風邪引いちまうだろ!」
「だって、エデルったら遅いんだもの。何かあったんじゃないかと心配になって待っていたのよ?」
「そりゃありがとう、でもリリィが風邪引いちまう方が心臓に悪い」
「……心配してくれるの?」
驚いた顔のリリィに俺も驚いて、そりゃそうだろ、と返す。
「今日の主役なんだし、これで風邪引いたら俺のせいで楽しい思い出が台無しだしな……っと、ちょっと待ってろ」
俺は馬車に戻って白と青のリボンで結ばれた黒い箱を手に取って戻る。なお、兄貴は先行していた親父のとこに行くからリリアーネ様によろしくね、と苦く笑っていた。
なんだその目は。と言いたくなるほど生温かった気がしたのは忘れよう。
とにかく、きょとんとしたリリィの前に箱を差し出した。
「これ、プレゼント。今付けてるやつよりは安っぽいかもしれねぇけど……まぁ、その。リリィとは長い付き合いだし、いいかなって」
「なぁに、その言い方。開けてもいいのかしら?」
「いや、ほんと、期待に応えられてなかったからごめんな」
出るまではあった自信も、本人に渡すとなると萎縮してしまった。というかよく考えたら、女性に長い付き合いって意味で渡すっていう髪飾りを俺がリリィに渡すってどうなんだよ。しかも今付けてるやつの方が絶対に高くてセンスがいい。
──でも、どうしてもこれを渡したかった。
「白百合の、花?」
「リリィらしいって、思ったから」
白百合の花の髪飾り。とは言っても本物ではなく、前世での知識で近いものがあるとしたら「ディップアート」というワイヤーにレジンやマニキュアなどを付けて表面張力で張られた膜を乾燥などで固めた物だ。
これは樹脂(レジンに近い)に白色と細かく砕いた光沢のある魔獣の魚のウロコ(魔獣から取れた素材は魔法が込めやすく留めやすい。この世界ならではの副産物だ)を混ぜた物に、土の魔法である硬化と風の魔法で乾燥を施している。
危険性のない魔獣の素材を使った物は広く流通しており、この髪飾りに使われた技術もそうだ。これに関してはちゃんとした工房と商会にお願いして作ってもらったが、
……話が逸れたが、その。
「悪役令嬢リリアーネ」のイメージは少し赤黒い「黒百合」。銀色の髪に黒百合の髪飾りを付けた姿は
だから、もしどんな結果が待っていようと、白百合の髪飾りを贈りたかった。
兄貴のおかげで光明が見えたけど、それでも悲しい事があってもこの白百合がリリィを慰めになるならどんなにいいだろう、と。
「──エデル、」
恥ずかしさの現実逃避に考えていた事から我に返ると、リリィは嬉しそうに笑っていた。その顔はとても可愛らしくて、胸が熱くなるくらい綺麗だった。
「ありがとう。素敵な髪飾り、嬉しいわ」
「そっ、か。でも今着けてる青い髪飾りもすごく似合ってるから、気分で付け替えてくれよ」
「ふふ、そうね……ねぇ、これ付けて欲しいの」
は、と声をこぼした。侍女はリリィから受け取った、俺の贈った髪飾りを今付けている物と差し替えた。
冬の妖精に花が添えられた、と思ったは置いて、今ここで付けるとは思わなかった俺の様子をおかしそうにくすくすとリリィは笑う。
「これはドレスに合わせて選んだのだけど、エデルの髪飾りの方が好きになってしまったんだもの。お父様もお母様も、きっと驚くでしょうね。クラウス様からも髪飾り、ましてや誕生日プレゼント今年も無いもの」
「はぁ? アイツまた何も贈ってねぇのか?」
「いつものお花だけよ、それも名義だけのね」
流石に呆れてしまう。王妃殿下がクラウスが何もしない(誕生日前後に訪ねもしない)のを気遣って(体裁ともいう)贈ってる花だから、本当に事務的な物だ。
せめての救いはバルドルから手紙をもらってる、というところだろうか。
「でもね。もしクラウス様からも頂いたとしても……私にとってこの髪飾りが、一番、嬉しいわ」
大切そうに自分の頭に片手を添えたリリィが言葉を紡ぐ。
それは、幼馴染だからなのだろうか。もしくは家族のような気持ちなのだろうか。俺には分からない。
けれど、雪が降り積もるように。確かに俺とリリィの思い出にこの時の会話が、刻まれたような気がした。
「ほら、寒いから中入りましょ。それにもうすぐお父様が代表でご挨拶しちゃうわ!」
そう言って俺の手を引くリリィは、本当に輝いて見えた。
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