第6話 僕の、大切なふたり(別視点)

 エデルは、馬車の中でぽつりと話し始めてくれた。


「あの時、未来でも見たのかってくらい現実みのあるを見たんだ」


 と。

 内容は、リリアーネ様が他人を信じる事が出来なくなる程に心を病んでしまい、聖女選定の儀の最中に孤独や罪に苛まれながら亡くなってしまうという、夢だったそうだ。夢の中のエデルはそんな彼女に寄り添う事しか出来ず、彼女の罪は自分が全て抱えて共に逝きたいと考えていたけど、生き残ってしまったために領地で蟄居したと。

 だから、彼女の心が病むきっかけとなった、彼女の母親──アインホルン公爵夫人の死を防ぎたい。そうエデルは嘘の無い目で語った。


「こんなの……兄貴が疑ったり笑ったりしてもおかしくないって思ってる。でも本当に起こるなら、止めたいんだ! 今年の冬、本当に起こったら俺、絶対に後悔するから」


 ……弟は、あの怪我の経験を経たからか妙に大人っぽく、時々自分と同じ歳くらいのように感じてしまう。

 きっとその一端はこの夢から来ていたんだ、と僕は直感した。それにエデルが見たのが予知夢だとしたら、これは一大事になる。アインホルン宰相閣下を狙った計画の首謀者を取り逃がす事になってしまう。

 でも。それよりも。

 勉強は苦手そうだけど文句は言わなくなったし、トレーニングでは補いきれないところを隠れてやっていたり、早く強くなりたいと焦るエデルの姿を父上も僕も見ていたから、やっと理由が分かって、ホッとした。


「エデル、話してくれてありがとう。父上とも話してみる。もしかしたらエデルの夢が──予知夢なら、話が変わるからね」

「よち、む?」

「そう予知夢。エデル、聖霊様は分かるね? その聖霊様が時折、未来の記憶を夢に見せてくださる。それが予知夢。例を挙げるなら、ファルケの武と呼ばれる我が家に伝わる話の中に、当時の当主がその夢を見た事でこの国を守る事が出来たという記述もある」


 しかし、この話はエデルが見れる我が家の歴史の本には無い。王城の記録や家族間で共有されるだけのもので、聖霊様の伝説として聖霊教会の説話で聞けるものはそれをお伽噺調にされたものだ。

 それに予知夢は、聖霊様に祝福されるべき者やその周りから選ばれるという。

 つまりリリアーネ様の心をエデルが守る事を、聖霊様が願っているのだとしたら。


「──うん、迷う事は無い。この件はエデルひとりで出来る事じゃない、大人である父上やエデルを守る立場にある僕も参加するべき事態だ。なのに、ひとりでやろうとして……無謀だよエデル」

「予知夢なんて、そんなの分かんねぇだろ。ただの夢かも、」

「分からないさ。誰にもね。でも、ここで事を起こさなかったら後悔すると思っているなら、ひとりでは対処出来ないのなら。せめて家族を頼って欲しいんだ」


 狭い馬車の中、目の前にひとりで座る僕の弟はどこか寂しげで。思わず、僕より小さなその手を取った。普段ならやめろとか言うだろうに、エデルはそのままでいる。

 それだけ、エデルは不安だったんだろう。


(当たり前か。エデルのそれが本当に予知夢なら、と呼ばれてもいいくらいの情報量だった)


 その規模のものを見たら、大人でも恐れるだろう。それこそ悪夢だと目を逸らさないだけエデルは強いんだ。

 しかもあの、自分のせいだからとエデルのお見舞いに何度も通うような優しい、僕にとって妹のようなリリアーネ様が心を閉ざしてしまうなんて。そんな事は僕も認めたくなかった。


「エデル、父上に何を言われても……リリアーネ様を助けよう。エデルが出来ないところは僕がやるし、僕では務まらない事はエデルが担って欲しい」


 ファルケの武と智だとか関係なく、ただ、僕の大切なふたり。

 未来での彼らがそんな未来を辿るというのなら僕はそれに抗いたい。だってこの子達はとても良い子なんだ、この世界から抜け落ちていい存在なんかじゃない。

 未だに苦虫を噛み潰したようなエデルの顔に、胸が痛む。


(聖霊様、どうか。どうかこのふたりがいつまでも笑っていられる日々を。僕に出来る事ならどんな手を使っても助けます。だから僕の大切なふたりを、どうか)


 どうしようもないほど、願ってやまない。

 それに。

 僕には、ひとつ夢がある。

 

「兄貴に出来ない事を、俺が出来るのかな」

「大丈夫さ。エデルならやれる。最近のエデルを見ているとそんな気がして、ワクワクしているんだから」


 不安そうな顔のエデルにそう笑って見せた。

 僕はファルケの武になるよう育てられているけれど、そうなって欲しい。恨みとかそういう気持ちではなく、純粋に兄弟で頂点にいたいから。

 それにはエデルにも聖具が必要になるけれど、もしエデルが手に出来る聖具がなければ、聖具が必要な任務には僕が赴けばいいと思う。それに聖具の無い騎士がファルケの武を名乗ってもいいと、僕は考えている。

 けれど、


「エデル、その夢でリリアーネ様は聖女の儀式に選ばれているんだよね?」

「そうだよ。それもあるから、強くなりたい」

「なら、今回はエデルもまだ経験の浅い「協力戦の練習」だと思ってくれ」


 ──うん、なら問題無さそうだな。

 確証にも似た直感がそう囁いた。


(まぁ、ファルケの武の称号よりすごいものを運命付けられているのかも、知れないけど)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る