第5話 暖かくて優しいもの
あれから冬が来た。日が短くなると共に魔石が仕込まれた魔道具で作られた暖炉のありがたみが増していくこの頃、明日の日付が記された招待状に重なっていた手紙を読み返す。
『エデル、もうすぐあなたの年齢に追いつくわ! プレゼント、楽しみにしてるわね?』
俺は思わずため息をついた。
プレゼントそのものはいい、前世の姉に喜ばれる程度にはセンスは良いはずだから。けれどリリィの誕生日を迎えればリリィの母親の事件もすぐに迎えてしまうだろう。
やはり自分だけでは何も考えが浮かばない。このままではリリィの母親は死んでしまい、あの悪役令嬢リリアーネが生まれてしまうのではないか。そんな焦りで胸がいっぱいになる。
「いっそ、行くなと言ってやれたら良いんだけど」
でもどんな理由で言えば納得するだろう。夢で見た、占いで出た……そんなありきたりなもので他所の子供の話が通じるとは思えない。
よく考えたら前世の俺もアドリブは苦手だった。あの舞台に参加しカンパニーのひとりとしてあの舞台を成功させていたのなら話は違ったかもしれないが。
「あー! 考えるのはやめ! さっさと寝るぞ俺!」
招待状と手紙が折れないよう丁寧に机にしまい、暖炉の温度を少し下げてからベッドに横になる。
ゲームの攻略対象外の名前ありのキャラとはいえ、今はただの子供。想像以上にやれる事が無い事が歯痒い。
「リリィ。俺は、リリィを幸せにしたいよ」
眠りに落ちるまで、俺はずっとそんな事を考えていた。
そして、次の日の夕方。
いつもより早めに親父とのトレーニングを終えて、リリィの誕生日パーティーの支度を済ませる。
俺の家、キルシュネライト伯爵邸とアインホルン公爵邸は王都にあるいわゆるセカンドハウス。と言っても両家の昔の当主が自領に近いところがいいと王都の郊外に建てたので、王都を挟んで対角線上くらいの距離があるからいつも馬車で向かう。
エントランスに向かえば、学園から一時帰宅している正装の兄貴が俺を向かえた。
「いいかいエデル。今日のエデルはリリアーネお嬢様のご友人、礼儀正しく振る舞うんだよ?」
「わ、分かってるよ兄貴……けど、貴族の礼儀なんて教わってねぇよ?」
「とどのつまり大人しくしてって事だよ。場所を離れる時は誰かに伝えるとか、それこそ騎士らしくリリアーネお嬢様をエスコートするとかね」
つまりはリリィの傍からあまり離れるなって事か。今日の主役と言っても大人の交流の場に変わりはないし、変な事を考える輩がいないとも限らない。それこそ、リリィの母親の事件のように。
しかしこれを明言する事なく兄貴が伝えるという事は、親父も黙認しているって事だ。
「でも兄貴、俺に任せていいのか? 万が一があっても俺じゃ太刀打ちなんて」
「……大丈夫。エデル、いつもならこの時間は自主練しているだろう? 父上も僕も、頑張るエデルを評価した上でこの判断を下したんだ。それに、いきなり言われたのにちゃんと自分の力量を分かった上でそう思ったんだから、今のエデルなら正常な判断が取れると確信したよ」
「……バレてたか」
秘密にしてたけど、やっぱり気付かないとこから見られてんのかな。一応オーバーワークにならない程度にとは思ってるし、基礎トレーニングで補いたいところだけだから大丈夫だとタカくくってるけど。
でもまぁ今度からやるなって叱られるのかな、と思っていた。
「悪い事じゃないよ、エデル。何か目標があるから強くなりたいって思ったんだろう? 偉いよエデルは」
「でも、今のままじゃまだ俺は強くなんか」
「そんな時はどうすればいいか分かるよね、エデル。家族や仲間を頼るんだ。少なくとも僕や父上、母上だって。エデルに求められたら支えるし、助けるよ。だから……焦らなくていいんだよ」
何か、重たくのしかかっていた物が、ドサリと落ちた気がした。
ずっと俺は家族に余計な心配をかけたくなくて、だから一人暮らしを始めて、バイトだって掛け持ちして、姉が愚痴を聞いて欲しいと言えば駆けつけて、夢に向かってひとりで頑張って。いつしか頑張る事が当たり前になっていた。
今の俺も、心配してるだろう家族を安心させたくて、リリィに親を亡くさせたくなくて。早く結果を残そう、早く強くなろう、そうやって頑張って。
「──俺、焦ってた?」
まるで被っていた重たい幕を剥がされて、周りがよく見えるようになった気がした。
「僕にはそう見えたよ。怪我したから取り戻そう、強くなりたいからたくさん頑張ろう……そうやって焦って大怪我した同級生と同じように」
「でも俺、早く、強くならなきゃいけないんだよ兄貴。早くしないと、俺、」
「エデル。大丈夫。ゆっくり深呼吸」
トレーニング中の親父を真似たような声に、反射的に従う。
吸って、吐いて、吸って。ゆっくり吐いた。
「さて。落ち着いたかい」
「すこし、だけ」
よろしい、と笑顔で茶化すように言う兄貴。その目はとても、温かく感じた。
前世の家族に向けられていたものと同じ、暖かくて優しいものを。
「エデル。このパーティーに向かう間、僕にだけでも話してくれないかな。何を思って、何を感じて早く強くならなきゃいけないのか」
「そんなの、言ったって……兄貴も信じるかどうか」
「なら誓うよ。笑ったりも疑ったりもしないって、僕の剣に」
そう言って兄貴は腰に下げていた剣をするりと抜いた。親父が入学祝いにと兄貴に贈った、この国一番の鍛治職人が手がけた業物。兄貴のお気に入りで、一番手に馴染む大切な剣なんだといつかの俺に語っていた代物。
騎士の誓いに使われた武具は、その誓いが破られれば壊される。つまり兄貴の剣に誓う行為は、命とも言えるソレを対価に誓うという心だ。
それも、一番大事な剣を使って。
「僕の大事な弟の心が軽くなるのなら、この剣だって本望さ」
刀身に魔力を纏わせた指を滑らせて、兄貴は言う。本気で誓ったぞこの兄貴……弟の話を聞く度にこうするような人間じゃなかったのに。
(いや。それだけ、真剣に向き合ってくれるって事だよな)
俺は意を決して口を開いた。
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