第4話 彼女の笑顔のために
それから2週間。秋なのに凍えるような風が吹き始めた頃。
リリィに誘われて王城に赴く事になった。建前ではクラウスに会いに行くリリィに付いて行く形だが、本命はもちろん。
「エデル兄さん、リリィ
夜空色の髪、深い海を思わせる青の瞳、丸く柔らかそうな顔いっぱいの笑顔で俺達を迎える少年、バルドルだ。
「バルドリック殿下、人が居なくとも王城は公の場なのですから節度はしっかりなさいませ」
「あっ、そうだった……こほん。リリアーネ嬢、エデル殿、ようこそ」
侍女兼護衛のウィドがそっとたしなめるとバルドルも王族っぽい言葉遣いで俺達に言葉をかけ直した。公私混同してしまうバルドルに王族っぽい事はまだ似合わない気がするなと軽くそんな事を考えながら、リリィに倣って俺も王族への敬意を示す最敬礼をする。
「本日はクラウス殿下とのお茶会の日ですので参りました。殿下はどちらに?」
「左様でございましたね。ですが、クラウス殿下は生憎外出なさっておいでです」
「……珍しい事もあるのね」
ぽそりとそう呟くリリィを横目に、ウィドに向かって問いをかける。
「どちらに向かわれたかご存知ですか?」
「申し訳ございませんがクラウス殿下付きの者にしか分からないかと。ただ、クラウス殿下への来客があれば後日にするようにと周知はされております」
「そうですか……周知されているという事は、陛下もご存知なのですね」
ウィドは微かに頷いた。という事はクラウスが行方不明になったのでも、何かの事件に巻き込まれたという訳でもない。
ただ、直前になってリリィと会う気がなくなり、遊びに出かけたんだろう。
本気でリリィに好意を抱いていないんだろう。まぁそうでなきゃ「攻略対象」にならないのか。それはそれでいっそ哀れなのかもな、リリィがバルドルに微笑む姿はこんなにもかわいいのに。
「なら、バルドリック殿下の離宮にお邪魔しても? このまま帰ってしまったら、クラウス殿下との関係が上手くいっていないと城下に喧伝して回るようなものですから」
「もちろん! 久しぶりに三人で遊べるなんて楽しみだなぁ」
バルドルは満面の笑みで俺達を自分の離宮まで案内してくれた。
昼下がりの豪華な王城の回廊は、文官や王城付きの護衛騎士が歩いているが、バルドルや俺達に会釈しつつも忙しない彼らに同情を覚える。
年末年始で人間が忙しくなるように、越冬に向けて野生動物が活発に動く。しかし瘴気は待ってはくれないので、聖女様が浄化するまでは瘴気の発生した箇所の人間の立ち入りの規制は必ずされるし、瘴気に侵された野生動物──魔獣の討伐も優先される。
聖女様が土地を浄化するまでは、魔獣の討伐は騎士の務めだ。と言っても聖霊が加護を付与した「聖具」と呼ばれる武器を手にした騎士が対応に当たる。
この聖具は聖女に認められた騎士が手にする事が許されたいわゆる当代限りの「伝説聖具」と、長期的に魔獣を討伐する為に聖霊が加護を付与した業物である「継承聖具」の2種類がある。更に言えば継承聖具の最高峰である「聖剣・レーヴァテイン」はキルシュネライト家の家宝、つまりはウチの親父の武器だ。兄貴が継承する予定なので俺が振るう事は無いと思うが。
「──エデル兄さん?」
「ん。ああ悪い、考え事してた」
「エデル兄さんが考え事……体の調子悪いの? 大丈夫?」
「バルドルも俺の事なんだと思ってんの」
バルドルの離宮「
「今年の年末年始は家の手伝いするから、覚える事も考える事も多いんだよ。母さんが動けないから」
「来年の春に産まれるんでしょう? お母様ったら男か女か分かったら教えてって聞いてる筈なのに、女の子だって決めつけてもうお祝いの品の用意してるのよ」
楽しそうに笑うリリィ。そこから話が盛り上がるバルドルと俺。
柔らかな日が差す客間、紅茶とお菓子と部屋に飾られた花の香り、穏やかな時間の流れる楽しいひととき。
(ああ、リリィはやっぱり笑顔が似合うな)
「そういえば、もうすぐリリィ義姉さんの誕生日だよね。何かプレゼントお願いしたの?」
「今年は物ではなく観劇がしたいって言ったのだけど……お父様がね、別の物にしてっておっしゃるの。どうしてか分かる?」
俺は冷水を頭から掛けられたような気持ちになった。リリィの可愛らしい笑顔に込められた喜びと対照的に、分からないな、と答えるしか嫌な予感を払拭する術が無い俺。
けれど、そんな予感は、振り払う事は出来なかった。
「──お父様ったら、お母様とふたりで行こうって私に内緒で約束してたの!」
血の気が引ける、ってこういう事なんだと実感した。もう、すぐそこまで、運命が近付いている。
リリィを助けたくば急ぐがいい、凡人──そんな死神の声が聞こえたような気さえして。
「エデル兄さん、顔色悪いよ……? 大丈夫?」
「本当だわ。エデル、どこかで横になった方がいいんじゃないかしら」
そう心配するふたりに、大丈夫、とちゃんと応えられたか分からないほどには、頭が不安で埋め尽くされていた。
(俺は、彼女の笑顔のために、ちゃんと出来るのだろうか)
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