第3話 秘密の特訓ってちょっといいな
それから数日後。体も調子を取り戻し、落ちた体力を戻す為に基礎的なトレーニングを始める事になった。
まぁ、屋敷の庭という限定的な場所ではあるけど、騎士の家らしく体を動かせるような庭と来客用の庭園と分けられているので大丈夫だろう。
「そういや聞いたぞエデル。この前、書庫でなんかコソコソやってたらしいじゃねェの」
ニヤケ顔でそう言うのは、今代のファルケの武と呼ばれる王国騎士団団長のキルシュネライト伯爵──俺の親父だ。
「別に。頭打ったからなんか勉強っつーか、復習っつーか」
「ほーん? まぁメイド達が坊っちゃまが勉強なさってましたーご狂乱かも知れませんーって心配してたから聞いたんだが、その調子で魔法も剣も上手く扱えるようになってほしいもんだ」
ガシガシと俺の頭を撫で回して親父がそう言う。というか言いたい、別に勉強してもいいだろ。なんなんだうちのメイド。いや勉強してなかった俺も悪いけど。
「父上、エデルだって不安なんでしょう。頭を打ったんですから」
そうやんわりと止めようとするのは兄貴、ラオウル・キルシュネライト。14歳なので学園に通っている(13歳になる年に学園の入学が決められていて、つまり王立シュヴァルベ学園は「日本」でいうところの中高一貫のエリート校だ)が、たまにこちらに帰って来て親父に稽古に付けてもらっている。今回は俺の基礎トレーニングの指導に来たらしい。
兄貴は親父ではなく母さんに容姿も性格も似てプラチナブロンドの髪に金の瞳の中性的なイケメン、俺は親父に似てアッシュブラウンの髪に金の瞳のつり目の強面……になる予定だ。
なおこの兄貴、冷たそうと思わせておいて根は優しいので、同じ攻略対象外でもちゃっかり外伝作品でストーリーがあったりして人気だったのを覚えている。
というかその言葉に応えなきゃなとすら思える。頑張ろうな俺。
「兄貴、今日はよろしくお願いします」
「……これは狂乱してるかも?」
「俺は真面目にやろうとしてるんだが! ほら、怪我しちまったのだって俺の不注意もあるし……何より、もう、リリィにあんな顔させたくないし」
それは本心だ。リリィに心配してる顔は似合わない。どんな顔だって可愛いけど、やっぱり笑ってて欲しいと思う。
「騎士の自覚が少しずつ芽生えてるようだな、エデル。よし、やっぱり2倍の量で基礎トレーニングを……」
「それはダメですよ、父上。厳し過ぎる訓練をさせようというなら母上に知らせますからね」
言葉を詰まらせる親父。母さんは我が家でも一番美しく一番真面目な人で、ガサツで普段は貴族っぽくない(騎士が貴族かはさておき)親父とは正反対だ。
そんな親父は母さんに惚れっぱなしなので頭は上がらないし、身重の母さんを興奮させるような事はしたくないという気遣いもある。
つまりは兄貴の方が今回は
「親父、もう少し俺が体力戻ったら無茶振り応えてやるから待ってろって」
「……幼い息子にそう言われて恥ずかしくないですか父上」
そう息子達に畳み掛けられた今代のファルケの武は、小さくなっていた。
(とはいえ、基礎トレだけじゃやっぱ鈍る感覚もある訳で)
入念に柔軟を行い、俺はこっそり夕方の庭に出た。昼食後は兄貴による座学だったので気分転換にもなるだろう、と走り込みくらいならと許されたのだ。本音言えば兄貴と親父の間で何かしら話す事があるのだとは思うが。
──前世の記憶を見てから、ずっとやりたかった。
(縦横無尽に、剣を振るってみたい!)
即席で岩の壁を作って登って、そこから落下しながら攻撃したらすごいんじゃないか?
でも壁を蹴ってバク転しても相手の背後を取れたりもするんじゃないか?
そんな想像がぽこぽこ浮かんでは試してみたくて仕方なかった。お世辞にもプロ級とは行かなくとも、基本的な事は頭にある。
だから、ちゃんとした危機管理や体の柔軟性、それらが揃うまでは秘密の特訓だ。
(他にもやらなきゃいけない事があるのは分かってるけど、体幹ばかりは付け焼き刃で何とかなる訳じゃないしな)
まず手始めに一本の線を地面に描く。平均台やロープがあれば良いが、ここから落ちない、という集中力とバランス感覚を鍛えねばならないので、今はこれくらいが良いだろう。
と考えてはいるが、どちらも俺なのに、前世の俺が今の俺にパルクールを教えているという変な感じになっていて複雑な気持ちになる。
「でも、秘密の特訓ってなんかいいな……異世界転生の作品の主人公もこういうの黙々とやっちまう気持ち分かるかも」
なんかいきなり飛び抜けて超つえー! みたいなのはハマらなかったけど、前世の記憶を元に頑張る系の主人公の気持ちならちょっと今は分かった気がする。
元々の俺が強い騎士になって親父や兄貴を助けたいって思ってたのもあるとは思う、けどそこにリリィを悲しませたくないって気持ちが重なった今、努力は惜しみたくなくなった。
「うっし、やるぞー!」
今は目の前に集中。いつかはこの集中を続けながら別の思考や咄嗟の反応が出来るくらいになれば良い。
地道に一歩ずつ。まだ魔法も未熟な俺がやれる事を。
──そんな俺の様子を観察している人間がいるとは、流石に気付けなかったけど。
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