第2話 協力し合おう、前世の俺
リリィの見舞いから数日。
俺はこの世界の事やら伝承やら何やらを家の書庫で開きつつノートとペンを取る事にした。後ろでコソコソ「エデル様が勉強を?」なんて声がするが無視してやる。別にしてもいいだろ勉強。
「まず、一旦整理しよう」
この世界は剣はもちろん魔法もある世界。しかし
聖女に認められるには「選定の三つの試練を乗り越えた「愛」を知る少女である」という条件が為されていて、この「聖女選定の儀」は50年に一度──つまり、次の聖女選定の儀は俺達が17歳になる年の春に行われる。
しかしそもそも選定の権利を得られるのは治癒魔法と火・風・土・水のいずれかの元素に最も長けた少女のみ(聖霊に選ばれるという事はそれなりに力を持っているという事らしい)。そのため治癒魔法が扱える優秀な少女は「王立シュヴァルべ学園」に入り、その中から聖霊を信仰する「聖霊教会」が聖霊の託宣を元に選ばれるという事になる。
「──リリィは、風、だったな」
他の元素も扱えこそするが、物語のリリィは風の元素を得意としていた。
治癒魔法も高いが学園内において風魔法で右に出る者はない程の実力だ。
「で、俺は土に長けてる」
親父仕込みの身体強化系に加え、土魔法で防御も固められる。
……ゲームでも、広範囲戦法かつ庇う騎士団長の息子を回復させるリリアーネとリリアーネを防御で固めながら強力な攻撃をしてくる騎士団長の息子戦はキツイだのなんだの言われていた気がする。まぁそれでこそ悪役令嬢と手下が際立っていたという訳だろう。
そもそも今のリリィから想像つかないその悪役令嬢リリアーネは「周りを信じられず、己の欲を優先する為なら他人を犠牲にできる冷酷な少女」として描かれていた。
あんなに純真で可愛らしい
「母親が事故によって死ぬ、事」
アインホルン公爵夫人を乗せた馬車が勢いよく横転し、木に突っ込んだ事による事故。場所は詳細に記されていなかったが、森を走行中に賊に狙われて命からがら逃げおおせた末の悲劇。
確かリリィが10歳になった年の冬に、仕事で遅れる夫に先んじて夫婦で観劇する予定の劇場に──、
「10歳って、今年の冬……!」
俺は秋の生まれで、この前誕生日を迎えた。だがリリィは冬の生まれ。まだ10歳を迎えていない。
日付や森の詳細が分かれば未然に防げる、かもしれない。
「けど、それをどう防ぐかだよな……親父に頭ごなしに言ったとしても動く理由になるかと言ったら分かんねぇし、黙っとくしかないだろうし」
こればかりはリリィが話してくれるのを待つしかないかもしれない。
ならば、防げなかった時。
リリィの心が深く傷付いたのは、母親が死んだ要因の賊が本当は宰相である父親を逆恨みで狙っていた、という事実を知った事。そしてその中にはクビにされた使用人もいて、それから人を簡単に信じられなくなってしまった事。
たったそれだけ──いや、心の綺麗な少女にはまだ耐えがたい小さなきっかけが、大きく彼女の心に影を落とした。
「これから、俺がやる事」
まずはリリィの母親が死なない事。これは、上手くいけば情報が掴めるかもしれないが……上手くいかない可能性も高い。
そして、
「リリィを独りにしない事」
確かリリィの母親が亡くなってすぐ、騎士団の息子は用事で領地に居ないとされていた。多分、年末の騎士団の手伝いだ。
年末年始は休みの民が多く、王国内の人通りも多くなる。酒飲んだおっさんが喧嘩したり、荷を積んだ馬車同士が擦れただけでいざこざになったり、とにかく見回りの人員が増えるので書類仕事なんかは毎年俺と兄貴が手伝う。
特に今年は母さんが三人目を妊娠しているので、俺と兄貴が交代で様子を見に行く事になった。なのでその分だけ負担が増える事は確定した。
それに加えてリリィと婚約しているクラウスは「気に食わない」というなんともふざけた理由で冷たいので、慰めるなんて事はしないだろう。
「ほんと、クラウスは見る目が無いよな。リリィはめちゃくちゃ可愛いのに」
──前世の俺は、リリアーネが可哀想な少女にしか見えなかった。
元々体を動かすのが好きで、いつかアクションの出来る俳優になって、ヒーローや騎士の役がやりたいと思っていた。
パルクール教室や養成所に入っては何とか事務所に気に入られた頃、女性向けゲームが原作の舞台のオーディションが来た。それが「グレイス・ハート」だった。
恋愛ゲーム好きの姉に連絡したところ、ちょうどハマっているとかで勧められるがままにプレイして、俺は「リリアーネ」が気になった。姉に頼み込んでファンディスクやら外伝的作品まで借りるくらい、彼女が知りたくなって。
作中ではエデル含む黒い装束で揃えた「黒百合隊」を仲間にしている事から「黒百合姫」と呼ばれる彼女の悲しみや孤独に触れて、思わず泣いてしまったのを覚えている。これよりもっと酷い目にあった女の子のいる作品だって見た事があるのに、リリアーネに対しては何か、違った。
だから事務所のマネージャーに頼んでエデルか黒百合隊の役を、と頼んでいた。エデルに選ばれたら彼女の心に寄り添い守る騎士になりたいと、神頼みだってした。
まぁ暴走した車によって事故って死んだらしいけど。
「そう考えると、前世の俺の悲願なのかもな。リリィを独りにしないってのは」
ああ、それは俺もおんなじ思いだよ。
多分俺の方がリリィ大好きだけどな!
「協力し合おう、前世の俺。リリィを幸せにする為に!」
このままクラウスと結婚して王妃になっても、違う男と結婚しても、俺はリリィが幸せなら結ばれなくったって構わないくらいリリィが好きだ。
だから、俺の目の前でリリィが悲しいまま死を迎える
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