秘密蠢く夜の街『谷崎潤一郎 秘密を読んで』

鮎河蛍石

『お前じゃい!』

 純文学を題材にすると読書感想文力が増すと思い、最も好きな谷崎作品『秘密』でエピソードトークをします。

 秘密のあらすじは、人間関係に疲れた主人公が知人たちと一切の関係を断ち寺の一室を間借りして、女装深夜徘徊に目覚めるお話。

 そして私も深夜徘徊に耽っていた頃がある。

 大阪府は堺市の寺地町、路面電車の走る道路を海側にちょいと曲がったところにある、派遣会社の借入社宅に住んでいた。

 自律神経が乱れがちの私は寝付けない夜、自転車に跨り近所の吉野家に駆け込み、ネギ卵牛丼特盛を搔っ込んで、大浜公園まで食後の深夜サイクリングをやることがあった。

 その日も牛丼で腹が膨れた私は南海本線堺駅の脇を通り、大浜公園に向かっていた。

 堺は私の古郷よりも遥に発展した街であったが、夜は静かなものである。寝静まった深夜の街が孕む静謐さすら感じる凪の時間は、無性に私の心を躍らせる。

 ふと海が見たいと思った私は、大浜公園の外周沿いにある旧堺港へ向かった。港にはオレンジ色の街頭に照らされたヨットが、さざなみ波に揺れている。潮の香りがする夜風を浴びていたら、古い灯台が港の端にあるのを思い出したので、そこへ向かうことにした。

 遊歩道を走っていると、灯台方面からフードを被りバンダナで口元を隠した自転車に乗った男とすれ違う。男の風体があまりにも怪し過ぎたので、好奇心に負けた私が振り返ると、男も振り返っていた。視線が交差した刹那、男は猛スピードでこちらに向かってくる。距離は10mもない、逃げようにも左は海、右は防波堤、後ろは行きどまりの灯台である。四面楚歌が顕現した。私は自転車を盾に男と対峙するしかなかった。

「兄ちゃん大丈夫か」

「……あっはい」

「今夜はなヤバい奴が出よるから、俺ソイツ探しとんねん、はよ帰った方がええで。なんかあったら警察行きや」

『お前がヤバい奴じゃい!』

 この男はどんな秘密を抱え生きているのだろうか?

 夜の街は恐ろしい。

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秘密蠢く夜の街『谷崎潤一郎 秘密を読んで』 鮎河蛍石 @aomisora

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