第21話 成功報酬

「どうみても女性ではないですか!」


 レオナルドは糾弾した。


「叔父上はいかなる理由で、あのようなか弱い女人に辱めを行ったのです!」


 怒気をそのまま口から迸らせたレオナルドに、シドニー伯爵は絶句した。


「もうよい、もうよいのです。申し訳ありませんでした、聖女」


 階ではマルガリータが、おろおろと自分の群青色のマントを脱いで聖女オーロラの裸身に巻き付けているところだった。


「このような……、本当に申し訳ないことです」


 その後、マルガリータの姿が視界から消えたということは、床にうずくまっているのかもしれない。現にイブリンが「お顔をお上げくださいませ、陛下」と声をかけている。


「ど……どういうことだ」


 ようやくシドニー公爵の口から声が漏れるが、それはかすれ、最前までの勢いはなかった。


「さて」


 決して大きな声でも、レオナルドのように怒気を孕んだ声でもないのに。


 オーロラのその呟きは、雷鳴のように謁見室にとどろいた。


 圧迫感と威圧に、アイラだけでなくリプリーまで、マントを下げてその場に跪く。


 王妃のマントを身体に巻き付けただけのオーロラに対し、誰もが膝をつき、最敬礼の姿勢をとっていた。


「シドニー公爵」


 断罪の言葉に、彼が身体を震わせる。

 しゅる、とオーロラの瞳が細まった。


「この事態を、どのような形で収束させるおつもりか?」


 オーロラの形の良い唇が、天上の楽音のような声を紡ぐ。


「己が持つものすべてで贖えるとよいのですが、さて」

 ふふ、とオーロラは極上の笑みを浮かべた。


「贖罪の時間がはじまりましてよ、シドニー公爵。さあ、手持ちのカードを披露なさって」


「こ、これは……」


 シドニー公爵は唇を震わせ、燃えるような視線で自分を睨みつけるレオナルドと、天使もかくや、とばかりに微笑むオーロラを交互に見た。


「あやつもまた、偽者なのだ!」


 階に立つオーロラを指さし、悲鳴を上げた。


「なにを莫迦なことを!」「殿下はいかがなさったのか!」「妄言もたいがいになされよ!」


 一斉に罵倒され、シドニー公爵は大きな体を縮め、頭を振る。


「違う! 本当なのだ! 御幸はすべて偽聖女が行っていたのだ! どこで交代した!」


 オーロラに怒鳴りつけるが、彼女は興味なさげに、足元に脱ぎ捨てた服を見ている。


「叔父上、いい加減に……」


 なさいませ、と言おうとしたレオナルドだったが、その声は潰えた。


 シドニー公爵が腕を伸ばし、強引に引き寄せて右腕で首を締めあげたのだ。

 怒号と悲鳴が謁見室に渦巻き、下座からは抜刀する音がいくつも上がる。


「下がれ! 下がれ!」


 じりじりとシドニー公爵に詰め寄ろうとする近衛兵たちに対し、怒声を張った。


「近づくと、こいつの首をへし折るぞ!」


 ぐい、と腕の力を込め、レオナルドの首を圧迫する。必死に逃げ出そうともがいているが、レオナルドが、ぐう、と呻いた。途端に近衛兵たちが動きを止める。


「アイラ」


 階の上で跪いたまま動けないアイラだったが、リプリーの声に目だけ動かした。

 彼女の瞳が、すい、と階下に移動する。


 視線を追った。

 宰相セオドアが自分を見ている。


(え、なに……)


 戸惑っていると、セオドアは自分の足元を指さした後、来い、とばかりに指で招く。


「わたしたちの後ろを通れ」


 リプリーが命じ、そっとイブリンの隣に移動する。絨毯が足音を消してくれるようだ。


 シドニー公爵は、なんとか間合いを縮めようとする近衛兵や衛兵、騎士団たちを威嚇するのに必死で気づいていない。私兵たちも緊迫した顔でシドニー公爵を取り囲んでいる。


 リプリーは身を屈め、リプリーとイブリンが作った壁を進み、足音を忍ばせてセオドアのいる壁際まで移動した。


 即座にセオドアは両脇にいる重臣たちの袖を引き、「壁を作れ」と短く指示した。


 ちらり、とアイラの姿を認め、重臣たちは無言で頷いて位置を変える。


「わしがシドニー公爵をこちらに向かせる。公爵の肩を撃てるか」


 謁見室の中央でわめき散らしているシドニー公爵を見ながら、セオドアが尋ねた。


「おじいちゃんは、いないの?」


 なんだか普通にしゃべるのが腹立ただしく、アイラは床に身を小さくしたまま返事をした。


「この構造の建物では、狙撃は無理なんだと」

 セオドアは苦笑した。


「というか、やっぱりわかっていたのか」

「セオドア様もおじいちゃんもだいっきらい」


「悲しいな、アイラ。わしはお前のことを年の離れた友だと思っているのに」

「私だってそう思ってたわよ。裏切ったのは宰相様だし」


「君とサイラスならやり切ると思ったからだよ。ま、あとでお詫びするとして。さて」

 セオドアは、口ひげをしごいた。


「こちらを向かせる方がいいのか、背後からの方がいいのかい?」


 アイラは身を屈めたまま、セオドアと重臣の間から様子を窺う。

 ここからは人影なく、シドニー公爵と王太子レオナルドの姿が見えた。


 今は、謁見室の扉を衛兵に開けさせようと、シドニー公爵がこちらに背を向けて怒鳴りつけている。


(背中の方があてやすいけど……)


 面積が広い分、頭や足を狙うより簡単だ。

 だが、その向こうにレオナルドがいる。


 今日、拳銃の中に入れているのは鉛弾ではない。徹甲弾だ。


 鉛であれば、背後から撃ち込んでも身体を貫通することはないが、徹甲弾は容易に突き破る。


 王城内は、アイラ達もそうだが、最正装をしている者が多い。甲冑をまとっている暴漢がやってきても貫通させるために弾を変えたのだ。


 この弾で背後からシドニーを撃ち、まかり間違って貫通弾がレオナルドを傷つけてはたまらない。


 それに、背後からだとレオナルドの動きがわからない。不意に暴れられたり、予測不能の動きをしたとき、対処ができない。


(肩を、狙うか……)


 距離的にも難易度が高い。肩を狙ったとしても当たる確率が低い。

 肩ではなく、足。あるいは、露出しているどこか。


 それしかない。


「ねぇ、セオドア様。これが成功したら、私に報酬を頂戴」


 アイラの言葉にセオドアは愉快そうに眼を見開き、深く頷いた。


「わかった」

「こちらを向くように誘導して」


 ホルスターから拳銃を抜く。撃鉄を起こす。

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