第22話 決着

セオドアが声を張った。


「シドニー公爵。今ならまだ、このわたしも陛下にお口添えいたしましょう!」


 扉を開けない衛兵にしびれを切らし、私兵たちと共に、詰め寄ろうとしたシドニー公爵が足を止め、振り返る。


(よし……っ)


 レオナルドの姿もはっきりと見える。

 アイラは左ひざを立てた。右踵にお尻を載せ、姿勢を固定する。左ひじを、立てた左ひざの上に乗せ目標を定めた。


 セオドアとシドニー公爵の間で、激しい舌戦が繰り広げられていた。


 アイラは壁になってくれている重臣に「動かないでください」とお願いする。ちらりと視線を寄こし、彼等はいちどだけ、まばたきをした。


(足は……、無理だ)


 構えたまま、利き目で目標を見る。

 首を締めあげられているからだろう。苦しくて、時折、レオナルドが足をばたつかせる。そのたび、シドニー公爵の脚と交錯した。


(胴体、も無理……)


 こちらはレオナルドが完全に標的と重なってしまう。


(肩しかない)


 右腕でレオナルドを抱え込んでいるから、左肩。


 外枠いっぱい。

 アイラは狙いを絞る。


 心臓が勢いよく血流を全身に流し込み、呼吸が早くなる。


 早く撃ちたい。


 どくどくとこめかみで脈打つ音に、引き金にかけた指が、びくりと動く。


 緊張感から逃げ出したくて、どうしても早く狙いを定めようと、脳が悲鳴を上げている。「いまだ、撃て、撃て、撃て、撃て」。そんな言葉が警報のように鳴り続ける。


 狙いが定まる。

 もう、撃ってはっきりさせたい。


 引き金を絞ろうとした矢先。


 レオナルドが大きくもがき、それに伴ってシドニー公爵が上半身を揺らす。

アイラは息を呑んで動きを止めた。


「は……っ」


 短く息を吐くと、額から汗が流れた。だが、拭うわけにはいかない。この態勢で狙いをつけたのだ。


 息を吸い込み、意識を集中させるが、指先も頭頂部も、どんどん冷えてくる。

 こわばりそうだ、と思うのに暑くて汗が止まらない。


(……どうしよう……っ)


 当たるのか、これは。

 撃っても、レオナルドを傷つけはしまいか。


 ぽつりと生まれた迷いは、次の瞬間、どす黒い蛇となって身体を捕らえた。


(ど……、どうしよう……っ)

 奥歯を噛み締めた時。


「大丈夫だ、アイラ」

 銃を構えたアイラの腕を、背後から伸びてきた腕が支えてくれる。


「……サイラス……」

 目線だけ動かす。


 自分の真横にある顔はサイラスだ。

 背中から抱きしめるようにサイラスがアイラを身体ごと支えてくれていた。


「信じろ」


 サイラスはアイラを見ていない。

 彼が見ているのは、セオドアと重臣が作る壁の向こう。


 シドニー公爵だ。 


 アイラは、大きく息を吸い込んだ。


 さっきまであんなに、凍り付いて固くなっていた身体が、今はサイラスに包まれて解きほぐされていた。


 無駄なほど早鐘を打っていた心臓が、すぐ真後ろで重ねられたサイラスの鼓動と徐々に重なっていく。シンクロしていく。


 すう、とアイラはもう一度息を吸う。

 末端の血液まで、自分の意志が伝わる。


「やる」


 アイラは利き目にすべての感覚を乗せた。


 ぞわり、と寒気に似た痺れが肩を走り、身体の中心に移動した。

 それが、次の拍動で一気に拡散する。熱が全身に伝播した。


 一瞬、シドニー公爵の身体が動きを止めた。


 いまだ。

 そう思った時には、引き金を絞っていた。


 ばん、と。

 銃口が火を噴く。雷管が火薬の匂いを立ち上らせた。


 ぱっ、と。

 シドニー公爵の左肩が血を噴いた。


 同時に、レオナルドを抱えたまま仰向けに倒れる。苦痛にシドニー公爵が呻き、レオナルドが彼の腕を振り払ってもがき出た。


「捕縛せよ!」

 リプリーが鋭く命じた。


 反応したのは銀羽騎士団だ。


「行け!」

 金獅子騎士団のメイソンが怒声を張る。


 黒と灰色の軍服が移動し、私兵たちを圧倒する。


「………は………」


 喧騒と足音が交錯する中、アイラは脱力して後ろに凭れる。


「お疲れ、アイラ」


 背後で自分を抱えてくれているのは、サイラスだ。

 首をねじって、仰天した。


「どうしたの、その髪」

「切ったんだ」


 片手でアイラを抱え、サイラスは空いた方の手で髪を掻きむしる。


 短髪になっていた。

 おまけに、彼が着ているのは漆黒の軍服。金獅子騎士団のものだ。


「メイソンが、こっちの方が女にもてるって」

「なによ、それ」


 ぷ、と小さく噴き出すと、すぐ間近で拍手の音が聞こえてまばたきした。


「お見事」「素晴らしい」


 気づくと、重臣たちがアイラとサイラスを囲み、拍手をしてくれている。


「あ……。どうも」


 アイラは慌ててサイラスから離れ、ぺこりと頭を下げる。


 その後ろで、宰相セオドアもにっこりと笑っているから、急いでむっつりとした顔を作り、銀羽騎士団がいるであろうところに、アイラは駆け寄って行った。

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