第18話 王都から出られない聖女

 聖都を出発して十日後。

 聖女の一行は、荒天にも関わらずペドロア伯爵家が所有する別荘に時間通りに到着した。


 予定ではここでオーロラと交代し、サイラスは待機。

 だが、指定された部屋の中には、金獅子騎士団の副団長ケビンがひとりいるだけだ。


「どうした」

 メイソンが眉根を寄せる。


 室内は、カーテンをきっちりと引かれているが、照明を多用しているために暗さは感じない。


 狙撃を意識しているのだろう。

 ソファやテーブルなどは窓から離され、かつ、飾り棚や美術品を配置して人影がわからないようにされていた。


「聖女オーロラは一緒ではないのか」

「お連れできませんでした。公爵の耳に、西の塔の情報が入ったようです」


 ケビンは顔をしかめた。髪を伝って雫が目に入ったらしい。強引に拳で拭った。濡れている。ということはこの雨の中、騎馬で突っ切ってきたのだろう。


「別に入ることは構わん。あそこは懲罰塔だ。誰が入っていようが、誤魔化そうとおもえばどうにでもなる」


 室内に動揺が走るが、メイソンが固い声で言い切る。ケビンが続けた。


「聖女オーロラに双子の兄がいる、と。そこまで知っていると思われます。そしてその兄は、西の塔で養育されていた、と」


「なぜそこまで」


 リプリーがきつい声を発した。「わかりません」とケビンが首を振った。


「それで公爵の動きは? というか、この妨害活動はやはり公爵なの?」


 イブリンが腕を組み、ケビンに問う。


「聖女の命を奪い、聖具を奪還しようと幾人もの私兵を雇っているのは確かです。そして、聖女オーロラとサイラスが交代できないように幾重にも見張りを立てている」


 リプリーとメイソンの視線が交錯する。

 どきり、とアイラの心臓が拍動した。


(ということは……、やっぱりおじいちゃん……)

 宰相を裏切り、公爵派に与したということか。


「ですが、公爵と銃のつながりはまったく見つかりません」

「え?」


 ケビンの言葉に、思わずアイラは声を漏らす。ケビンは嫌な顔などせず、アイラに向かって頷いて見せた。


「本当にわからない。なぜ、銃を使った攻撃がされているのか。捕まえた暴漢を拷問して聞き出したが、『狙撃されて混乱しているのを見て、好機だと思って襲い掛かった』と」


「では、狙撃犯と公爵とはつながらないのか?」


 リプリーがイブリンを見る。彼女も眉根を寄せ、頷いた。


「そういうことでしょう。狙撃犯は狙撃犯。公爵は公爵で攻撃をしかけて……って。なんのため?」


「宰相は、公爵が攻撃をしかけてくることを知っていた」


 サイラスが呟く。


「ああ、そうだ。だから、万全の態勢を、と」

 メイソンが応じる。


「当然だけど、行程も知っている。なら、どこが攻撃しやすいか、とか公爵派が襲撃するならこのあたりだろう、と目星もつけやすい」


 サイラスは独り言ちた。


「もし、それに合わせて攻撃したとしても……。公爵派の妨害だ、と言い逃れるつもりなのかもしれない。なあ、おれが見ても、銃は格段に進化していた。騎士団長の目から見たらどうだ? 銃は実戦で使えそうか?」


 サイラスに尋ねられ、メイソンは戸惑ったものの、不承不承頷いた。


「使える。あれは、今までの戦法を塗り替える」

「だったら、これはあらたな武器の品評会でもあったんだ。実際の敵を撃退する、という」


「品評会……」

 うなるように繰り返したのはケビンだ。


「あの日、あの別荘地には貴族たちが大勢いた。あれは、聖女の御幸を見るためだと思っていたが……」


「銃が実戦に適しているかどうかを確認していたのか」 

 リプリーが舌打ちする。


「で、そのついでに公爵派におれも始末させるつもりなんだろう。本物の聖女は王都に移送し、確保している」


 ちらり、とサイラスはケビンを見た。


「ここにオーロラを連れて来るのは難しいけど、安全性は確保されているんだろう?」

「それはもちろんだ」


 苦々し気にケビンは言う。


「宰相閣下のおかげで、な」


「なら、ここにいる偽聖女おれが、今後どうなろうと問題ない。公爵派に殺されようが、銃で狙撃されようが。本物の聖女はいつでも宰相が王宮に連れて行ける」


「どうしてサイラスを殺すのよっ」

 アイラが素っ頓狂な声を上げる。


「次の聖女がそろそろ誕生するはずだ。新たな聖女に神殿を引き渡す時」

 サイラスは、くすりと笑った。


「おれは邪魔だろう? なんて説明するんだ。西の塔に女装した化け物が居ます、って?」


「そんな……」


「そもそもオーロラと交代した後、おれはここで待機になっていた。たぶん、ここがおれの人生の終着点だ。宰相に殺されるか、公爵に殺されるか、そのどっちかだった」


 サイラスはなんでもないことのように言うが、アイラは怒りに震え、記憶の中の宰相セオドアをきつく睨みつけていた。


(許せない、セオドア様……っ)


 信じていたのに、と。

 アイラにとっては、祖父の友人で気の良いおじいちゃんだった。

 サイラスのことも大事にしてくれていると思っていたのに。


「どっちか、だった?」


 リプリーが静かに、だが力強く問う。リプリーの目はまっすぐにサイラスに向けられていた。


「過去形だな。ではお前は……」

「死ぬ気なんてない」


 サイラスは首を横に振ると、アイラに向き直る。


「おれはもう死にたがりじゃない。生きる努力をしたい。ずっとアイラの隣で生きていたい。男として」


 黒い瞳の奥には、確固たる意志があった。アイラと目が合うと、サイラスは穏やかに笑った。


「一緒に生きてくれる? アイラ」


 その声はアイラの心に流れ込み、小さな灯りとなった。それは身体中を温かくし、なぜだか涙をあふれさせる。


「もちろん!」


 頷くと涙がこぼれ、声は震えた。共に生きていく覚悟をしてくれたサイラスのことが愛おしくてうれしいのに、どうしてか涙が止まらない。


 そんな感動に浸っていたのに。


 ぴう、とメイソンが口笛を吹き、「うぇいうぇい!」と、イブリンが肩をバンバン叩くからアイラは目を白黒させる。


「やめろってイブリン」

「急に恋人気取りか、この童貞」


「うるさいな! そんなの関係ないだろっ」

「はいはいはいはい。でもごめんねー。まだ御幸の最中だからこの子に手を出さないで」


 イブリンがアイラを後ろから抱きしめ、ついでに彼女の頭に顎を載せる。


「やめろ」

「うらやましかろう」


 睨みあうイブリンとサイラスに対し、リプリーが咳ばらいをする。

 途端に、イブリンは背筋を伸ばし、サイラスも彼女の冷え切った視線に慌てて身を引き締めた。


「あのさ、おれ、死ぬのはやめにしたいんだけど……協力してくれる?」


 サイラスは、リプリーとメイソンを交互に見た。

 ふたりの団長は短く視線を交わし、同時に頷く。


「だったらさ、お願いしたいことがあるんだ」

「なんだ。言ってみろ」


 メイソンが促す。


「このままおれが聖女として王城まで行く」

「サイラスが、か?」


 リプリーが眉根を寄せた。メイソンも戸惑っている。


「だがどこで交代する? 王城に入ってしまえば交代する時間はないぞ」

「でもここにいたら宰相の手の者に殺される」


 あっさり言い切られ、押し黙るふたりの団長からサイラスは視線を移した。


「ねえ、ケビン。オーロラの様子はどう? 怒りまくってるんじゃない?」

「それはもう……。毎日室内のなにかが壊れていますよ」


 ケビンのうんざりした顔を見て、サイラスが愉快気な笑い声をあげた。


「なにひとつ自分の意のままになってないし、行動制限自体大嫌いだもんね。あのね、ケビン。ひとつ頼まれてほしいんだ」


「なんでしょう?」


「ここで話されたことを全部、オーロラに伝えてほしい。君がおれと交代できないのは公爵のせいだとか。おれが殺されそうになっていることとか」


「全部、ですか」


 ケビンが視線をメイソンに向ける。上司である彼が深く頷くのを見て、返事をした。


「承知しました」

「そして、いつものところで、と」


「いつものところ?」

 繰り返したケビンに、サイラスは笑った。


「そろそろ、彼女に復讐の場を与えておかないと。怒りと不満で、きっと王都を焼き尽くしちゃうよ」

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