第17話 幕間:宰相と狙撃者

 夕日が差し込む一室には、宰相セオドアと、クロード・ヴィリアーズがいた。


 セオドアはソファに深く腰掛け、パイプをくゆらせている。彼の目が自分に注がれているのは分かっているが、クロードは気にもせず、ざぶざぶと銃身をバケツで洗っていた。


「相変わらず腕が落ちていないな」


 ふう、と紫煙を宙に吐き出しながら、セオドアが言う。

 瞳を窓に向けた。


 カーテンを引いていないそこからは、ダマサ地区の街路が一望できる。

 今は橙色に染まった石畳の上では、昼間、銃撃戦が繰り広げられていた。


「いや、落ちたな。あのお嬢さんには悪いことをした。頬をかすめるぐらいにしておこうとおもったのに、肩にあててしまった」


 クロードは苦い笑いを口端に滲ませ、バケツから銃身を取り出す。

 丁寧に水気をふき取り、筒を覗く。


「骨に異常はないらしい。弾は貫通した」

 セオドアはパイプの吸い口をくわえ、応じる。


「若いし、全治も早かろう。リプリーの騎士団だ。無理はさせまい」

「そうかね」


 クロードは言うと、一枚ものの革の上にライフルの部品を並べていく。


 片眼鏡をはめ直し、部品のひとつひとつをつまんで、汚れや歪みがないかを確認していく様は、狙撃手というより、熟練の機械職人だ。


「王都のやつらも、度肝を抜いていたぞ」


 ふう、とまた深く紫煙を吐き出し、セオドアは言う。

 彼の目に映っているのは、街路を挟んで向かいに並ぶ建物だ。


 そこには、軍務大臣や、行政官、王都の騎士団団長がおり、雁首並べて話し合いをしているはずだ。


「そりゃそうだろ。聞くよりも、実際見る方が早い」


 はは、とクロードは笑い、「よいしょ」と、床に座りなした。

 手を伸ばし、機械油の入った壺を手繰り寄せ、布にしみこませながら、ちらりと片眼鏡越しに、長年の友人を見た。


「それで? お前の目論見どおりになりそうなのかね」

「ああ、なりそうだな」


 セオドアは深くソファに上半身を預けた。


「前時代のまま更新できない思考を、塗り替えてやった」

 セオドアは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。


「いまどき、なにが弓矢だ。なにが剣だ。諸国に攻め込まれても、あの馬鹿どもは、『やあやあ我こそは』とやるつもりか」


 クロードは苦笑を漏らす。


「それが様式美というものだ。わしは好きだ。騎士道精神というやつが」

「あきれたな。お前までそんなことを言うか」


「だからこそ、可愛い孫娘を、お前の指示通り騎士団に入れたんだ。これが砲兵隊だったら、わしは反対した」

「本当は、砲兵隊に入れたかったんだがなぁ」


 セオドアが悔しそうに言うが、クロードは笑って首を横に振る。


「あれこそ昔からなんもかわらん。ただ、筒から火薬を使って弾をぶっぱなすだけだ。美しくもなんともない。それよりも、銃自身の軽量化だ。火薬だってそうだ。破壊力ではなく、安全に大量に移動させることこそが重要。そのために……」


「そのお前のこだわりが、あの拳銃なのか?」


 放っておけば、延々と続きそうなクロードの言葉を遮り、セオドアが尋ねる。


「そうだなぁ。まだ、実験段階だがな」

 床に胡座し、ライフルを組み立てながら、クロードは笑った。


「まさか、ここまで実戦に時間がかかるとは思わなかった。アイラが入団して、どれぐらい経つ?」

「五年だ」


 クロードは笑っているが、セオドアは口惜しくて仕方ない。


 他国が銃火器に力を入れているというのに、この国は前時代的な武器にこだわり、戦術や戦法を変えようとはしない。


 これでは、この国が守れない。


 そう訴えるのに、「門外漢が何を言うか」と軍務大臣や将軍たちに莫迦にされる始末。


 どちらが門外漢か、とセオドアは怒鳴りつける代わりに。

 実際に、最新式の武器を扱える娘を騎士団に送り込んでみることにした。


 だが、頭の固い騎士団に入れたとしても、使いこなせないどころか、潰してしまうに違いない。


 そこで、女ばかりで無用の長物と厄介がられている銀羽騎士団に目を付けた。


 都合のいいことに、銃の工房は聖都に近い。愛する孫娘を王都にやることには嫌な顔をしたクロードだが、聖都なら目が届く、としぶしぶ首を縦に振った。


 銀羽騎士団の団長は、一般的と言われる戦法をとらないことでも有名だった。銃士にとっては好条件だ。


 嬉々としてセオドアはアイラを銀羽騎士団に入団させることにした。そのために、聖女の身代わりとして利用していたサイラスと顔合わせをさせ、相性がよさそうなことも確認した。


 アイラには、クロードから、『実戦データは、随時送るように』と命じて銀羽騎士団に入れたのだが。


 さすが、「お荷物」と呼ばれる騎士団だ。

 実戦どころか、表舞台に立つことがまずない。


 歯噛みしたセオドアの元には、次々と諸国の状況が舞い込んでくる。


 どれほどの大砲が実戦配備されたか、どのような火薬が発明されたか。それがどんな威力を産んだか。


 じりじりと焦れるセオドアだが、クロードは、いつもからり、と笑って見せた。


『うちの銃と火薬が負けるはずがない』


 それは根拠のないものではない。

 無色火薬を使用した弾丸、訓練すれば当たる狙撃銃。携帯でき、かつ連射できる拳銃。まだ実験段階だが暴発が少なく、安定・安全に長距離を移動させることができる火薬。


 これは、どの国も持っていない。

 この銃火器を軍の標準装備としなければ。


 そう思うのに、頭の固い軍部は、『使い勝手が悪い』と敬遠するばかりだ。


 ならば、と。

 セオドアは、自ら実践の場を用意した。見せつけることにした。


 聖女を護衛し、王都に向かうその途中、最新のライフルと最強の狙撃手を用意し、襲撃させたのだ。


 都合の良いことに、公爵派が邪魔しようとしていた。

 全部、あいつらのせいにすればいい。


 セオドアは、軍幹部を秘密裏にダマサ地区に呼び集めた。

 金獅子騎士団が別荘をしらみつぶしに当たっていたが、そもそも彼らが敵だと思っているのは、公爵派の貴族たちだ。


 宰相セオドアの別荘は見逃された。


 そんな最高の観覧席で、彼等は見たのだ。


 必中するライフルと、連発する拳銃を。

 そして。

 それを使った戦い方を。


「気味悪いな」

 知らずに笑いが漏れていたらしい。クロードが顔をしかめる。


「いや。ざまあみろ、と思ってな」


 すう、とセオドアは胸いっぱいにパイプの煙を吸い込んだ。


 瞠目し、驚愕し、冷や汗を垂らしていた軍務大臣。

 なぜ、この兵器の存在に気付かなかったのか、と部下を叱り飛ばす各騎士団団長。


「アイラは、怒るかなぁ」


 煙を吐き出しながら、ぼそり、とセオドアは呟く。


「公爵派に、それとなく情報を漏らしたんだ」


 ぽつり、とセオドアは言い、深く煙を吸い込んだ。


「どんな?」

「聖女オーロラには、双子の兄がいるって」


 ちらり、とクロードはセオドアを見上げた。


「きっと、嫌われるだろうなぁ、わしは」

「そんなことを気にしているのか」


「あの子とは友情をはぐくんでいたんだ」

 真面目に言うと、クロードは腹を抱えて笑った。


「莫迦じゃないのか、お前は。友なんて、その年になって作りたいと思うのか?」


 クロードは言い、ばちり、と留め具をはめた。ライフルを構えて窓の外に銃口を向ける。歪みがないことを確認し、笑った。


「まあ、だが。アイラに嫌われたくないなら、せめて、お前の企みを成功させるんだな」

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