第15話 ともに王都へ

「じゃあ、なにか。あのライフルは狙いがつけられる銃だ、と?」


 メイソンがうなる。アイラは頷いた。


「この銃もそうです。そして、そんな銃は市場に出回っていない。だとしたら……」


 頭に浮かぶのは、祖父だ。

 ライフルの腕前は家門の中でも随一。細工や加工、火薬の調整など、誰も彼の右に出る者はない。


「貴様の家門が関わっている、と? いや、だが、ヴィリアーズ家は宰相と懇意だ。彼が裏切るとは到底思えない」


 リプリーが首を横に振る。


「そもそも、貴様をわたしに売り込んできたのは宰相だ。どういう意味だ。公爵家に寝返ったのか?」


「そんなことありえないと思います。だけど、祖父以上の狙撃手を私は知りません。今日の狙撃手はたぶん祖父」


 戸惑いながら答えるアイラに、リプリーは琥珀色の液体を揺らしながら、向かいの席のメイソンを見た。


「この御幸が決まった時、サイラスごと銀羽騎士団うちを消すつもりなんだと思っていた」


 リプリーだけではなく、イブリンも剣呑な瞳でふたりの男を眺めている。


「おれだってそうだ。だから、巻き込んでくれるな、と思っていたね」

 あっさりとメイソンも答える。


「もうすぐ新しい聖女が生まれる。そうなったとき、聖女オーロラは市井に下ればいいが、あのお荷物サイラスは始末せねばならん。だが、それを宰相閣下がなさるには、情が移り過ぎたのだと思った。閣下が一番サイラスを可愛がっていたからな」


「だから敢えてこの時期、矢面に立たせて敵方の……。公爵派に殺させよう、と?」


「ついでに、役立たずの銀羽騎士団もな」


 メイソンが言い放ち、イブリンが睨みつける。だが、メイソンは表情を変えなかった。


「神官長がお前たちを扱いあぐねていた。女ばかりが集まって、甲高い声で戦闘訓練。王都にはこんな組織なんてありゃしない。神官長からは『存在自体が恥ずかしい』と言われてたぞ」


「神官長、殺す」

「やめろ、イブリン」


 くくく、と忍び笑いを漏らしたメイソンは、机の上に乗った酒瓶を手繰り寄せ、グラスに注ぐ。


「実際、俺だってこんな風に実力を見せられなかったら、お前らの価値がまったくわからなかったんだからな。だが今回の御幸で、お前たちの価値は上がった。王都の王族からも、その姿を早く拝みたいものだと言われているらしい」


「……サイラスが、そんなことを言っていたな」

 リプリーの形の良い唇が動き、言葉を紡ぐ。


「銀羽騎士団のすばらしさを伝えるべきだ、と」

「噂では陛下は銀羽騎士団を、聖女ではなく、王女の護衛にしようとまで考えているらしい」


 メイソンの言葉に、イブリンは肩を竦めた。


「ますます、サイラスの考え通りだこと」

「あの男、俺は誤解していた」


 メイソンがグラスに満たした酒で唇を湿らせる。


「女装した気持ち悪いガキだと、ずっと嫌っていた。あんな辱めを受けるぐらいなら、おれなら死んでいる。気の弱い男なのだろうと考えていた。だからあの時、逃げる気だと思ったんだ」


 馬車によじ登った時のことだろう。メイソンは苦笑する。


「あの男、肝が据わっている」

「サイラスは、どうしてあんなことをするんでしょう」


 ぼそり、とアイラは呟く。メイソンは眉根を寄せた。


「聖具を守るため、だろう?」

「そうなんですが……。無防備すぎる」


 アイラは、ぎゅ、と拳を握りしめた。


「助けに入ろうとしたのに、私に『来るな』と言った。自分が標的のひとつだとわかっているのに、聖具を守るために馬車によじ登った」


 悔しくて仕方ない。

 結局、サイラスは、アイラの名前を呼ばなかった。助けて、と言わなかった。


 メイソンが言うように、肝が据わっているのとは違う。


「サイラスは、自分の身を守ろうとしない。もし、自分がどこかで死んでしまっても、本物の聖女は王都にいる。『御幸は無事成功』。これは変わらない。結果的に、銀羽騎士団の名声は上がる。それを知っている」


 悲しくて、辛くて、泣きたくなる。


「どうしたら、サイラスは自分のことを大事にしてくれるんでしょう」


 きっとサイラスは、銀羽騎士団に危険が及んだら、迷いなく自分が死ぬだろう。


 彼は、死ぬことを何とも思っていない。

 ただメイソンが言うような、無駄死にはしない。


 死ぬなら、「なにかのため」「誰かのため」と決めつけてしまっている。


「メイソン」

 重苦しい沈黙を破ったのはリプリーだった。


「なんだ」

「王都の動きを探ってくれないか。本当に、この騒乱は公爵派が原因なのか。サイラスの命を狙うのは誰なのか」


 メイソンはちらりとケビンを見た。


「承知。今から王都に向かいます」

 言うなり、リプリーたちに敬礼をし、部屋を出て行く。


「とりあえず、明日からもどうかよろしく頼む」

 リプリーは淡々としながらも、メイソンに向かって右手を差し伸べた。


「我々だけでは、サイラスを守り切れない」

「こうやって酒を一緒に飲むのもいいもんだな」


 メイソンは笑い、その手を強く握った。


「俺もあの小僧が気に入った。お前たちもな。ともに王都へ」

「ともに」


 ふたりの団長が深く頷き合う。


(王都へ……)


 アイラはぼんやりと思う。

 そこに行けば、サイラスは何か変わるだろうか、と。


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