第14話 アイラの武器


 数時間後。

 ドアをノックし、「アイラです」と声をかけると、「入れ」と指示があった。

 アイラはドアノブに手をかけ、引く。


「失礼します」


 室内には、メイソンと、金獅子騎士団の団服を着た小太りの男。

 それから、リプリーとイブリンの四人がいた。


 それぞれ、向かい合った三人掛けのソファに座っている。思い思いに琥珀色の液体が入ったグラスを揺すっていた。


「サイラスは?」


 メイソンがグラスの液体を一口飲み、尋ねる。見知らぬ男がいるため、アイラが口ごもっていると、親指を立てて示した。


「こいつは大丈夫だ。うちの副団長のケビン。本物の聖女を王都まで送った関係で、秘密を知っている」


 小太りの男が無言で頷いて見せる。アイラは瞳をリプリーに向けた。


「発熱しています。部屋で、服をゆるめて寝かせていますが……」

「銃弾の傷からの熱か?」


 リプリーが眉根を寄せ、ソファから上半身を起こした。アイラは首を横に振る。


「熱中症だと思います。もうちょっと呼吸が安定したら、水風呂に入れるつもりなので」

「ああ。警備と準備はまかせて」


 イブリンが片手を上げるので、ほっとした。

 みかけは女性のため、男風呂に入れるわけにはいかない。女風呂で、人をすべて追い払ってからの入浴になる。


「あの……、それで?」


 上目遣いにアイラは面々を見た。

 こんな幹部クラスの寄り集まりに、なぜ自分が呼ばれたのか。


「できれば、サイラスの側についていたいんですけど……」


 昼間、銃撃と戦闘に巻き込まれたサイラスは救出後、すぐに発熱した。

 慌てて昼食を予定していた食堂に運び込んだが、宿泊施設はないという。


 メイソンが、宰相と懇意だという貴族邸に駆け込み、頼み込んで一棟まるまる貸し切ってくれるよう交渉してくれた。


 ふたつ返事で貴族は応じ、召使を連れて自分は王都に戻ったという。

 サイラスをゲストルームの寝室に運び込み、冷水のタオルで冷やして、風を送り続けるが、容易に熱は下がらない。


『もういいよ、大丈夫』


 サイラスは真っ赤な顔で笑いかけるが、まったくもって大丈夫じゃない。

 最後には、聖女の衣装から紐という紐を外し、裾を持って、ばおばおと仰ぐことにすると、サイラスは愉快そうに笑い声を立てた。


『とてもオーロラにみせられないな。でも、涼しい』


 そう言って、うとうととまどろみ始める。

 ほっとして、アイラは彼が眠りにつくまで扇ぎ続けていたら、ドアが開き、団員のひとりが顔をのぞかせた。


『団長が呼んでいる』

 という。


 仕方なく、アイラはサイラスの首元にきつく絞ったタオルをあて、そっと部屋を抜け出してきたというわけだ。


「銃について聞きたい」


 琥珀色の液体を一気に呷ると、メイソンはグラスを机の上に置き、立ったままのアイラを見た。


「なぜ連射できるんだ。おれが持っている知識は古いのか? 銃とは弾を込めてからじゃないと撃てないんだろう?」


 隣でケビンが頷いている。


「弾込め式はそうですね」

 アイラは両方の人差し指を立て、長さを指し示した。


「これぐらいの長さの銃身に、銃口から弾を込めます。撃鉄を起こし、引き金を引いて弾を飛ばすんですが、一発しか撃てませんので、連続射撃をしようと思ったら、交代要員が必要です」


 一発撃っては下がり、別の人物が撃つ間に、また弾を込めるのだ。


「だから、戦闘には不向きと思われていましたが……」


 騎馬に乗り、銃を構えて撃つと連発が出来ない。


「私が使っている中折れ式の拳銃は、銃身が二つありますので、ひとつ撃っても、まだもう一発弾が中にあります」


「そう大きなものに見えないが」


 ケビンがアイラのレッグホルスターを見た。


「ライフルと違って、遠方から狙うわけじゃありませんので、火薬の量も最低量で問題ありませんし。至近距離で、二発で仕留めるために作られています」


 ケビンとメイソンは、まるで魔法具でも見るように、アイラの拳銃を見ていた。アイラは肩を竦める。


「それに、二発目で仕留められなくても、銀羽騎士団にいる限り、私は問題ありません」


「銀羽騎士団は基本的に、個人で戦わない。それは銃士も同じだ。剣士と銃士でペアになり、薬莢を変える間、剣士が銃士を守る」


 リプリーが後を引き取った。

 ちっ、とメイソンが舌打ちをする。


「卑怯な戦闘方法だと思っていたが……。なるほどな」

「力ばかりに頼っても仕方なかろう」


 リプリーはグラスの酒を飲み、淡々と言う。


「便利なものは使わねば」

「今日、攻撃をしかけてきたライフルも、その中折れ式なのか?」


 メイソンが尋ねる。アイラは首を振った。


「中折れ式のものもありますが……。違うと思います。一発ずつ、発射している」

「出来るの? あれ、煙すごいでしょう?」


 イブリンが足を組み、柳眉を寄せる。ちょっと動いただけなのに、色香がすごい。ケビンがちらちらとイブリンを見ている。


「黒色火薬を使っているのなら、たぶん無理です。だから、無煙火薬を使っている可能性が高いと思います」


「無煙火薬?」


 リプリーが首を傾げた。


「私が今日使っていた火薬です。ニトロセルロースが主原料なので、煙が出にくいんです。あれなら射手の視界は保てます。それと、鉄製のライフルじゃないと思う」


「鉄製じゃない? 銃は全部鉄製じゃないのか」


 メイソンが訝しむ。


「鉄製のものもありますが、うちの工房で作っているのは、そこに特殊金属を混ぜ、合金にしています。そうすることにより、重量を軽く、かつ、耐久性を強くすることができます」


 アイラは部屋にいる皆の顔を見回した。


「ライフルは、弾を遠く飛ばすことを目的に作られています。そのため、多量の火薬を使用する。その熱や衝撃に、普通は銃身が持たない。だんだんと曲がるか、膨張し、狙いが定められなくなってきます。だけど」


「……的確に狙っていたな。最後まで」

 ぼそり、とリプリーが呟く。


「そうなんですよ。的確に……狙えるんです」

 大きくアイラは頷くが、ケビンは不思議そうに首を傾げた。


「そりゃあ、狙うんだから当たるだろう」

「弓矢のように狙いをつけても、普通は当たりません。だから、あなたがたは使用を嫌がるんでしょう?」


 アイラに真正面から尋ねられ、ケビンもメイソンも口ごもる。


「弾を火薬で遠くまで飛ばし、かつ、狙いどおりにするためには、銃身にどうしても細工が必要なんです」


 螺旋加工なくしては、弾は真っ直ぐ飛ばない。


 そしてそれは。

 アイラ一門の専売特許だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る