第14話 アイラの武器
◇
数時間後。
ドアをノックし、「アイラです」と声をかけると、「入れ」と指示があった。
アイラはドアノブに手をかけ、引く。
「失礼します」
室内には、メイソンと、金獅子騎士団の団服を着た小太りの男。
それから、リプリーとイブリンの四人がいた。
それぞれ、向かい合った三人掛けのソファに座っている。思い思いに琥珀色の液体が入ったグラスを揺すっていた。
「サイラスは?」
メイソンがグラスの液体を一口飲み、尋ねる。見知らぬ男がいるため、アイラが口ごもっていると、親指を立てて示した。
「こいつは大丈夫だ。うちの副団長のケビン。本物の聖女を王都まで送った関係で、秘密を知っている」
小太りの男が無言で頷いて見せる。アイラは瞳をリプリーに向けた。
「発熱しています。部屋で、服をゆるめて寝かせていますが……」
「銃弾の傷からの熱か?」
リプリーが眉根を寄せ、ソファから上半身を起こした。アイラは首を横に振る。
「熱中症だと思います。もうちょっと呼吸が安定したら、水風呂に入れるつもりなので」
「ああ。警備と準備はまかせて」
イブリンが片手を上げるので、ほっとした。
みかけは女性のため、男風呂に入れるわけにはいかない。女風呂で、人をすべて追い払ってからの入浴になる。
「あの……、それで?」
上目遣いにアイラは面々を見た。
こんな幹部クラスの寄り集まりに、なぜ自分が呼ばれたのか。
「できれば、サイラスの側についていたいんですけど……」
昼間、銃撃と戦闘に巻き込まれたサイラスは救出後、すぐに発熱した。
慌てて昼食を予定していた食堂に運び込んだが、宿泊施設はないという。
メイソンが、宰相と懇意だという貴族邸に駆け込み、頼み込んで一棟まるまる貸し切ってくれるよう交渉してくれた。
ふたつ返事で貴族は応じ、召使を連れて自分は王都に戻ったという。
サイラスをゲストルームの寝室に運び込み、冷水のタオルで冷やして、風を送り続けるが、容易に熱は下がらない。
『もういいよ、大丈夫』
サイラスは真っ赤な顔で笑いかけるが、まったくもって大丈夫じゃない。
最後には、聖女の衣装から紐という紐を外し、裾を持って、ばおばおと仰ぐことにすると、サイラスは愉快そうに笑い声を立てた。
『とてもオーロラにみせられないな。でも、涼しい』
そう言って、うとうととまどろみ始める。
ほっとして、アイラは彼が眠りにつくまで扇ぎ続けていたら、ドアが開き、団員のひとりが顔をのぞかせた。
『団長が呼んでいる』
という。
仕方なく、アイラはサイラスの首元にきつく絞ったタオルをあて、そっと部屋を抜け出してきたというわけだ。
「銃について聞きたい」
琥珀色の液体を一気に呷ると、メイソンはグラスを机の上に置き、立ったままのアイラを見た。
「なぜ連射できるんだ。おれが持っている知識は古いのか? 銃とは弾を込めてからじゃないと撃てないんだろう?」
隣でケビンが頷いている。
「弾込め式はそうですね」
アイラは両方の人差し指を立て、長さを指し示した。
「これぐらいの長さの銃身に、銃口から弾を込めます。撃鉄を起こし、引き金を引いて弾を飛ばすんですが、一発しか撃てませんので、連続射撃をしようと思ったら、交代要員が必要です」
一発撃っては下がり、別の人物が撃つ間に、また弾を込めるのだ。
「だから、戦闘には不向きと思われていましたが……」
騎馬に乗り、銃を構えて撃つと連発が出来ない。
「私が使っている中折れ式の拳銃は、銃身が二つありますので、ひとつ撃っても、まだもう一発弾が中にあります」
「そう大きなものに見えないが」
ケビンがアイラのレッグホルスターを見た。
「ライフルと違って、遠方から狙うわけじゃありませんので、火薬の量も最低量で問題ありませんし。至近距離で、二発で仕留めるために作られています」
ケビンとメイソンは、まるで魔法具でも見るように、アイラの拳銃を見ていた。アイラは肩を竦める。
「それに、二発目で仕留められなくても、銀羽騎士団にいる限り、私は問題ありません」
「銀羽騎士団は基本的に、個人で戦わない。それは銃士も同じだ。剣士と銃士でペアになり、薬莢を変える間、剣士が銃士を守る」
リプリーが後を引き取った。
ちっ、とメイソンが舌打ちをする。
「卑怯な戦闘方法だと思っていたが……。なるほどな」
「力ばかりに頼っても仕方なかろう」
リプリーはグラスの酒を飲み、淡々と言う。
「便利なものは使わねば」
「今日、攻撃をしかけてきたライフルも、その中折れ式なのか?」
メイソンが尋ねる。アイラは首を振った。
「中折れ式のものもありますが……。違うと思います。一発ずつ、発射している」
「出来るの? あれ、煙すごいでしょう?」
イブリンが足を組み、柳眉を寄せる。ちょっと動いただけなのに、色香がすごい。ケビンがちらちらとイブリンを見ている。
「黒色火薬を使っているのなら、たぶん無理です。だから、無煙火薬を使っている可能性が高いと思います」
「無煙火薬?」
リプリーが首を傾げた。
「私が今日使っていた火薬です。ニトロセルロースが主原料なので、煙が出にくいんです。あれなら射手の視界は保てます。それと、鉄製のライフルじゃないと思う」
「鉄製じゃない? 銃は全部鉄製じゃないのか」
メイソンが訝しむ。
「鉄製のものもありますが、うちの工房で作っているのは、そこに特殊金属を混ぜ、合金にしています。そうすることにより、重量を軽く、かつ、耐久性を強くすることができます」
アイラは部屋にいる皆の顔を見回した。
「ライフルは、弾を遠く飛ばすことを目的に作られています。そのため、多量の火薬を使用する。その熱や衝撃に、普通は銃身が持たない。だんだんと曲がるか、膨張し、狙いが定められなくなってきます。だけど」
「……的確に狙っていたな。最後まで」
ぼそり、とリプリーが呟く。
「そうなんですよ。的確に……狙えるんです」
大きくアイラは頷くが、ケビンは不思議そうに首を傾げた。
「そりゃあ、狙うんだから当たるだろう」
「弓矢のように狙いをつけても、普通は当たりません。だから、あなたがたは使用を嫌がるんでしょう?」
アイラに真正面から尋ねられ、ケビンもメイソンも口ごもる。
「弾を火薬で遠くまで飛ばし、かつ、狙いどおりにするためには、銃身にどうしても細工が必要なんです」
螺旋加工なくしては、弾は真っ直ぐ飛ばない。
そしてそれは。
アイラ一門の専売特許だ。
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