第13話 戦闘
「どっから撃って来てる」
耳元で尋ねられ、思わず銃を構えたが、メイソンだ。
彼も馬から降り、身を屈めて佩刀に手をかけていた。
「わからない。ひとりなのか、複数なのか……」
「複数なのか?」
驚いたようにメイソンが目を丸くする。
「普通はこんなに撃てない」
口にしてから、おぞましい考えが浮かぶ。
いや、撃てる。
撃てる人間を、アイラは知っている。
「あ、おい! 動くなっ」
メイソンが大声を上げる。
何事かと彼の視線を追うと、サイラスがいきなり立ち上がり、動き出した。
「あいつ、逃げるんじゃ……っ」
舌打ちをし、メイソンが背を伸ばすが、そのまま動きを止める。
サイラスは、逃げなかった。
底部を空に向けて転がった馬車によじ登る。
ちゅん、と、その彼のすぐそばを弾がかすめ、跳弾する。彼の頬が赤く染まった。だが、サイラスは腕を伸ばし、足を車輪にひっかける。
必死にサイラスがつかみ取ろうとしているのは、聖具だ。
座席の真下に革ベルトでしばりつけた革トランク。
その中には、聖具が入っている。
サイラスは、がむしゃらにそれを守ろうとしていた。
「天誅!」
茫然とその様子を見ていたメイソンだったが、野太い声に、抜刀して顔を向けた。
別荘と別荘の間。
路地から、十数人の覆面をした男たちが走り出て来た。
「聖女を殺せ! 聖具を奪え!」
しわがれた声が、覆面の向こうから発せられた。
「組め! 押せ!」
リプリーの声が聞こえ、弾かれたように銀羽騎士団団員が数人ごとに固まる。
「アイラ!」
聞きなれた声に顔を向けると、イブリンが抜刀して駆けて来るのが見える。
だが、その姿がかき消えた。
白兵戦が始まったのだ。
いたるところで、剣同士がぶつかりあう金属音が流れる。
薄い灰色の隊服がそこかしこで、翻った。きらきらと光っているのは、それぞれの刀身だ。
「どけえ!」
怒声と共に、イブリンがひとり切り倒したらしい。頽れた男の背中の向こうから彼女の雄姿が見えた。
その左から、上段に振りかぶった男がイブリンの首元に狙いを定めていた。
メイソンが走る。援護に出ようとしたらしい。
逆にアイラは両膝を地面につき、腰を立てた。撃鉄を起こす。
立射のように背筋を伸ばし、拳銃を構えたまま肘を伸ばした。
両手で拳銃を保持したまま、引き金を引く。
がんっと衝撃が来るが、同時にイブリンを狙っていた男の上半身が揺らぐ。
そのまま転倒し、肩を押さえて喚き散らしいてる。その隣にいた覆面の男が狙いをイブリンからアイラに向けた。
目元しか見えていないが、嗤ったような気がした。
二発目はない。
男はそう思っているらしい。
剣を振り上げたまま猛然とこちらに向かって走って来る。
「小娘っ! 逃げろ!」
どこからかメイソンの声が聞こえる。
アイラはだが、逃げない。
アイラの拳銃には銃身が二本ある。
狙いを覆面男の右肩に定めたまま、左ひざを立てて撃鉄を起こす。
そのまま、二発目を発射する。
どん、と男は上半身を揺らし、信じられないとばかりに目を見開いて頽れる。
「二発目……? どうして」
メイソンがそう言ったあと、絶句した。
撃たれた男を背後から蹴り飛ばし、イブリンがアイラに駆け寄ってくる。
「カバーする! 弾を変えろ!」
イブリンが、暴漢から立ちはだかってくれた。
アイラは、立膝のまま、銃身を押し上げる。
がちり、と固い音を立てて、グリップと銃身がふたつに折れた。手早く薬莢を捨てる。革袋に手を突っ込み、新たな薬莢を入れ、ばちり、と銃身を戻すと、立ち上がる。
「サイラスのところへ!」
声をかけると、イブリンは駆けだす。
銃を構えたまま、アイラはその背を追った。
「死ね!」
いきなり飛び出してきた男がイブリンに斬りかかるが、彼女は足を止めない。
アイラは男の上半身に狙いを定め、走りながら撃つ。
発射された弾は男の肩を貫通し、男が絶叫した。
「サイラ……っ! 聖女!」
イブリンが転覆した馬車の上で、抱卵する親鳥のように革鞄を抱えているサイラスに声を張り上げた。
「受け取れ!」
ほっとしたように顔を緩め、サイラスは革鞄を彼女に向かって投げつけた。
「違う! お前が来るのよっ!」
革鞄を受け取りながらもイブリンが怒鳴るが、サイラスはきっぱりと断った。
「後で降りる! おれが狙われている! イブリンが撃たれる!」
「うるさい! 降りてこないと、蹴り飛ばすよ!」
イブリンが牙を剥いた。
その左前方を、覆面の男が襲い掛かって来る。アイラは銃を構えるが、弾を発射する寸前で、リプリーと団員によって切り伏せられた。
「集合! 馬車に集まれ! 密集せよ!」
リプリーが声を発する。
その声に引っ張られたように、ばらばらになっていた騎士団がじりじりと、剣を構えたまま集まってきた。
時折、覆面の男が襲い掛かって来るが、そもそも数では完全に負けている。銀羽騎士団が難なく切り伏せた。
「金獅子騎士団、参上! 銀羽騎士団に助太刀申す!」
野太い声といくつもの蹄鉄の音が遠方から響いてきて、アイラのみならず、銀羽騎士団の誰もが顔を北に向ける。
石畳の先を、団旗を掲げた騎兵がいくつも近づいて来るのが見えた。
「撤退だ!」
誰かが叫ぶ。
途端に、覆面の男たちが、負傷した同胞を抱え上げた。そのまま、銀羽騎士団に背を向けて路地へと駆けて行った。
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