第12話 銃撃戦

 その後、三時間ほど、馬車は休憩もなく街道を駆けた。


「サイラス、大丈夫?」


 アイラは立ち台の把手を握りしめ、馬車の座席に座るサイラスに声をかけた。

 沿道の家族に手を振っている彼は、笑顔のままアイラに視線だけ向けた。


「大丈夫。もうちょっとしたら、お昼休憩だろ?」


 馬車はもうすぐダマサ地区に入ろうとしていた。


 噂が噂を呼び、銀羽騎士団と聖女を一目見ようと、どこに行っても民衆が大歓迎をしてくれたが、金獅子騎士団が徹底させているのか、暴徒と化すようなことはない。誰もが沿道で声を上げ、手を振るか祈るだけだ。


 それも、ダマサ地区が近づいて来ると、市民ではなく、貴族たちが増えてきた。物見遊山の風情で、使用人たちにパラソルを持たせて聖女に手を振っている。


「しかし、暑いね。今日は」


 ハンカチを額に押し当て、浮いた汗を拭くサイラスは、眩しそうに空を見上げた。

 天気がいいのは嬉しいが、これでは、ずっと日に炙られている状態だ。


(熱中症にならなきゃいいけど)


 不安になった時、がつり、と車輪が硬質な音を立てた。

 地面を見ると、石畳がずっと続き、日が陰る。


 ダマサ地区に入った。


 土とはまた違った音をたてて車輪が回り、騎馬の蹄鉄ががつがつと、鈍い音を響かせた。


「すごいね」

 アイラは周囲を見回した。


 貴族の別荘なのか、私邸なのか。

 二階建て以上の石積みの建物が、街道の両脇にずっと並んでいる。


 そのせいで、日が遮られた。


「休憩所まであと少しだ」


 ががががが、と鈍い音が続いたと思ったら、銀羽騎士団の騎士を押しのけ、黒馬が近づいてきた。メイソンだ。


「あと少しって、どれぐらいです」


 アイラが顔を向ける。背が高いのは馬上でも同じらしい。立ち台に立っていても、アイラはメイソンを見上げるかたちになった。


「十分程度か」

 前方を見据えてメイソンが呟く。


 アイラは、ほっとした。

 休憩所についたら、サイラスを部屋に閉じ込めて、まずは思う存分水を飲ませなくては。


 そのあと、冷水で絞ったタオルを首にあてて、風を送って。

 そんな風に考えていた時、ぞわり、と鳥肌が立った。


「え?」


 反射的に周囲を見回す。


 見られている。

 強烈な視線を感じた。


「メ……」


 メイソン団長、と呼びかけようとした語尾は、破裂音に消えた。


 続いてもう一度。


 そのあと馬がいななき、一瞬、内臓が浮く感じがする。

 前を見た。

 馬車が、傾いている。


 二頭立ての馬と頸木をつなぐながえが無残に折れ、座席部分が仰向けに転倒しかかっている。


「サイラス!」


 ふわり、と座面から浮き上がりかかっている彼に手を伸ばし、強引に押し付ける。

 次の瞬間、馬車部分が転倒し、アイラは地面に放り出された。

 すぐ間近で蹄鉄の音を聞き、咄嗟に頭を腕で抱えて小さくなる。


「わああっ!」「避けろ!」


 いくつもの悲鳴が上空を飛び交い、蹄が弾く小石がアイラの身体を打つ。

 身を丸めたまま、目を開いた。


 痛みはない。

 サイラスはどこだ。


 馬車が横倒しになっている。そのはるか先を、折れた轅を引きずりながら、がらんがらん、と大音を立てて馬が走っていた。イブリンが必死に馬をなだめようとしているが、首を横に振って、馬が怒り狂っている。


「サイ……っ。聖女!」


 アイラは手をついて立ち上がり、腹を空に向けて転覆している馬車に視線を走らせた。


(いた……っ)


 空回りしている車輪の側で、サイラスがゆっくりと身を起こしているところだった。


 ざっと見た感じ、馬車に押しつぶされたり、怪我をしているようには見えない。


「誰か!」

 アイラはサイラスを指さす。


「保護!」

 応じたのは、数人の騎士だ。


「囲め!」


 銀羽騎士団の騎馬が数頭、サイラスのところに集まろうとしたのだが。

 鳥がさえずるような音が、いくつも石畳に響き、馬がいなないた。


「狙撃!」


 銀羽騎士団の誰かが悲鳴を上げた。


(まさか一発目のあれ……。零点規正……)


 呆然とするアイラの前を、竿立ちになった馬が、団員を振り落として駆けていく。


 沿道の見物人たちが蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑い、馬がまたそれに怯えて首を振り、後ろ足をむやみやたりにけり上げた。


「隊列を崩すな!」「聖女を囲め!」


 団員の金切り声が響くが、馬が言うことを聞かない。


 誰かが強引に手綱を引いて馬車の側に移動させようとするのだが、そのたびに石畳に弾が跳弾して馬が暴れる。


「聖女を保護する!」


 我に返ったアイラはレッグホルダーから拳銃を引き出し、怒鳴る。


 サイラスがゆるりと顔を上げ、アイラを認めたが、すぐに手を伸ばした。

 助けて、というのではない。


 来るな、と。

 その手はアイラを制した。


「動くな!」

 サイラスの語尾を、跳弾の音が消す。


 もはや、言うことをきかない馬から降りた団員が抜刀して聖女の側に行こうとするが、そのつま先を弾が打ち据えて、動けない。あきらかにあの銃は狙いを定めている。


「伏せて! 伏せて!」


 アイラは必死に叫ぶが、道いっぱいに馬が暴れ出していて、手に負えない。


(おかしい……)


 アイラは身を屈め、額からいくつも零れ落ちる汗をそのままに、周囲に視線を走らせる。


(いま、何発撃っているの……?)


 音がうるさすぎて正確な着弾の音が聞こえないが、十数発は撃っている。

 それなのに。


(どうして、まだ撃てるの。何丁も持っているってこと? それとも、複数人の狙撃手なの?)


 じりじりとサイラスに近づきながら、アイラは混乱していた。


 黒色火薬を使った弾薬では、十発以上撃てば煤で銃身が使い物にならないはずだ。


 それにライフルは遠距離でも十分な効果を得られるよう、拳銃とは比べ物にならない火薬を使う。連発させると、発射時の熱や加速、もろもろの衝撃や膨張のため、銃身をしばる鉄がもたない。


(そもそも、煙で前が見えないはず)


 黒色火薬は、発射時に白煙を上げる。当初は白く煙る程度だろうが、何度も撃ち続けると、視界が真っ白になり、煤を吐き始めるはずだ。屋内で狙撃しているのなら、絶対無理が出てくる。


「きゃあ!」


 果敢に聖女保護に走った銀羽騎士団のひとりが、路面に横転した。

 肩を押さえ、転げ回っている。


 撃たれた。


(やっぱり狙って撃っている……)


 ぞっとするアイラの目の前で、他の団員により、負傷した団員が引きずって行かれた。

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