第11話 2日目の朝
次の日の朝。
宿泊所の前に用意した馬車に乗り込んだサイラスが振り返り、立ち台にいるアイラに微笑みかけた。
「今日もよろしくね」
屈託なく言われるが、なんだか昨晩のことが気になって、素直に「うん、まかせて」とは言えない。
サイラスは結局のところ、銀羽騎士団のことも、アイラのことも信用していないのだ。
自分のことは放っておけというあの考えは、誰かを守りたい、というよりも、どうせ誰も自分のことを守れないのだ、という諦観が根底にある気がする。
「どうしたの、アイラ。調子悪い?」
眉間を寄せて問われるので、無言のまま首を横に振ると、いつの間にか現れたイブリンが、ぐい、と顔を近づけて来た。
「あんたたち、昨晩はお楽しみでしたか?」
にやにやしながらアイラとサイラスを交互に見やる。
「お楽しみって?」
アイラが尋ねると、サイラスが真っ赤になって怒る。
「ゲスな勘ぐりをすんじゃねえ!」
「アイラ、あんた随分と疲れてるじゃない」
「なにもなかったって言ってんだろっ」
がうがうとサイラスが吠え立てると、リプリーが近づいてきて顔をしかめる。その背後には、腕を組んだメイソンが不機嫌極まりない表情で立っていた。
「なにを騒いでいる。外に出たら人目があるんだ、気をつけろ」
リプリーに言われて、アイラは周囲を見回した。
馬車の周囲には騎乗の銀羽騎士団団員が数人取り囲んでいるが、沿道にはずらりと見物客がいる。
サイラスを見ては、「聖女様」と声を上げてはいるが、昨日のように熱狂的なふるまいはない。
まだ朝早い時間ということもあるが、観客の質が変わってきた。
銀羽騎士団を目的に来ている者もいるのだ。
その美しさが沿路を駆けたらしい。
「綺麗な女の人たちだねぇ」「馬に乗るのかい。はぁ、ほら、剣も」
物珍し気に銀羽騎士団を見たり、近くの団員に気軽に声をかけたりしている。
「今日は、昼頃にダマサ地区を通過する」
馬車に座るサイラスを見上げ、リプリーが言う。彼は人目を気にしたのか、可愛らしく小首を傾げ、例の声音で尋ねた。
「ダマサ地区って?」
「別荘地帯だ。避暑地でな、ジョアン湖を取り囲むように貴族たちの別荘が並んでいる。そのすぐ側を通過する」
説明されても、サイラスはきょとんとしていたが、「あ」とすぐに声を上げた。
「ひょっとして、狙撃ですか」
重々しく頷いたのは、メイソンだ。
「二階建て以上の建物が連なっている。沿道からも適度に離れているしな」
ごくり、とアイラは息を呑み込んだ。
「馬車で移動中だ。動くものをねらって撃つのはさすがに難しいだろう」
メイソンが言い、リプリーが励ますようにサイラスに頷いて見せるが、当の本人はけろりとしたものだ。
「大丈夫。というか、みんなが怪我しないようにね」
「金獅子は先着して建物の確認と警備を行っている。思いのほか、聖女の御幸見物のため、別荘に滞在している貴族が多い」
「そうなんだ」
アイラが目を丸くする。
「だったら、あたりがつくよね。狙撃するとしたら、空き家に忍び込むだろうし……」
わざわざ人が滞在している家の二階に忍び込んだり、屋根に這いつくばらなくても、空き家に入ればいいのだ。
「あるいは、公爵派の別荘か、だ」
メイソンに言われ、ああ、そうかと目を丸くした。
あの一派が邪魔しようとしているのだ。狙撃手に別荘を明け渡している可能性もある。
「今、しらみつぶしに部下にあたらせている。したがって、こちらの警備は手薄になるが……」
ちらり、とリプリーを見た。彼女は長い睫毛を揺らして一度だけ、まばたきをした。
「代わりに、馬車に張り付きの騎士を増やしている。いざとなれば、我々が盾になる覚悟だ」
「やめて、そんなこと」
サイラスは苦笑いし、ひらひらと手を振った。
「安全に楽しく行こう。せっかくいい天気なんだから」
空を見上げるサイラスの頬は、ほんのりと赤い。ずっと屋外にいるからだろう。日焼けをしらない彼の肌が、初めて紫外線を受けて色を変えていた。
「とにかく、ダマサ地区は警戒しろ」
メイソンがサイラスとアイラを交互に見て命じると、従者に任せていた愛馬の元に戻っていくのが見える。
「弾丸は?」
メイソンの背中に一瞥をくれ、リプリーがアイラに尋ねる。
「いっぱい、持ってます」
大きく首を縦に振り、ホルダーと逆の腰を叩く。ベルトに通した革ベルトには、十分なほどの弾丸を用意していた。
「なんか、どんぐりでも入ってるみたい」
サイラスが言い、リプリーが笑った。
「うちのリスは、随分危険などんぐりを持っているものだ。任せたぞ」
そう言って、彼女はくるりと振り返った。
「出立―! 騎乗せよ!」
凛とした声に、騎士たちは一斉に動き出し、沿道の観衆は拍手でもってそれに応じた。
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