第9話 サイラスは美しい

「なにやってんだか、おれ」

 サイラスががっくりと肩を落としている。


「はーぁ。……アイラは今からなんかするの?」


 ぎしり、とベッドが軋む音がした。

 顔を向けると、サイラスがベッドに腰かけたところだったらしい。


 自分のすぐ側。

 ランタンに近い方のベッドだった。


「拳銃の手入れしておこうと思って」

 レッグホルスターに収まった拳銃を、上からぽんぽんと叩く。


「今日、使ってないけど。一応確認して……。予備とかライフルも見ておこうかなぁ」


 用意してきたのは、祖父が自ら作った最上級品だ。


「重くないの、それ。鉄の塊でしょ?」

 座ったまま片膝を持ち上げ、サンダルの紐をほどきながらサイラスが尋ねる。


「これ合金だから……。鉄だけのものより若干軽いかな」


 ちらりと視線を落とす。

 拳銃のグリップが、鎌首をもたげた黒い小鳥のようだ。


 アイラの一族が所有する鉱山で採れる希少金属を特殊配合することにより、鉄だけでは得ることのできない粘度と強度が手に入った。そのため、鋼や鉄で作るよりも断然軽く、そして加工がしやすくなっている。


 今のところ、その合金を作るための配合や、拳銃の仕組みについては祖父と一部の人間しか知らない。そもそも、銃身に螺旋加工を施し、弾道を補正していることも極秘事項だ。


 またもうひとつ祖父が開発したものがある。

 ニトロセルロースが主原料の無煙火薬だ。


 硝酸カリウムと硫黄、それから木炭粉末が主原料の黒色火薬のように、使用すると煤が大量に出て銃身内部を汚すことはない。整備が楽なのだ。


(警備にどれだけ必要かわからないし……)


 薬莢は持ち出せるだけ持ってきた。一発、二発なら黒色火薬でもいいだろうが、それ以上になると、無色火薬の方が使い勝手がいい。


 ぽすん、と音がするから視線を移動させると、サイラスが、脱いだサンダルを無造作に放り出しているところだった。


(そもそも、当たるぐらい訓練されている人が、そうそういるとは思えない)


 リプリーや、銀羽騎士団の人間は、アイラを見ているから「あたる」と思っているのだ。銃の怖さを知っている。


 だが、世間一般も同じかというとそうじゃない。


 銃自体はもう何十年も前から開発され、実際に戦闘時に使用されている。


 あたれば脅威だ。

 ただ、狙ったところにあたらない。


 あたらないことを前提に、戦時でも使用している。ようするに、威嚇用なのだ。おまけに、弾込めに時間がかかることも、利用が避けられる原因でもあった。集団戦を公言するのは銀羽騎士団ぐらいのもので、どうしても一騎打ちを良しとする慣習の戦では、次のアクションに時間がかかる武器は嫌われた。


 銃を使いこなせない人にとっては、火薬を詰めた瓶をぶん投げるのも、銃弾を発射させるのも同じらしい。


「よいしょ」


 サイラスが立ち上がり、衣装を裾からたくし上げようとするから、アイラは慌てた。


「ちょ、ちょちょちょちょ。衝立の向こうで脱いでよっ」


 ひっくり返りそうな声で訴えると、サイラスが手を止め、きょとんとこちらを見る。


「あ、そう? いや、別にいいかな、と」

「よくないよ。サイラスがどう思っているか知らないけど、私は一応性別女ですから」


 口を尖らせる。

 淑女の前で裸になるとは何事だ。


「へぇ」

 途端に、なぜだかサイラスが嬉しそうな顔になるから、訝しむ。


「なによ」

「いや、ちゃんと自分が女で、おれが男だと自覚してるんだと思って」


 衣装から手を離すと、しゅるりと衣擦れの音をたてて、裾部分が踵まで覆い隠す。

 両腰に手を当て、こちらを見下ろすサイラスは、昼間見た時と同じ女装姿だ。


 麗しの聖女。

 この声で話さなければ、誰もがそう思う美貌。


 だけど。


「サイラスは男よ。ちゃんとわかってるし」

 大きく頷く。


 ふうん、と相変わらず嬉しそうにサイラスは目を細めると、腰を折った。

 アイラに顔を近づけ、顎を指でつまんで自分の方に向けさせる。


「わかっているんならいいや。おれが男だって」


 距離が近い。


 薄闇にサイラスの呼気が乗り、アイラのまつげを揺らした。ぱちり、と一度まばたきをする間に、彼の顔がさらに近づいている。


 どきり、と心臓が拍動したのは。


 彼がわずかに首を傾け、アイラの唇に自分の唇を重ねようとしている気がしたから。


「……っ」

 だが、静電気が走ったかのようにサイラスは腰を伸ばし、扉を振り返る。


「え……な、なに」


 なんだかどぎまぎして尋ねると、サイラスが眉根を寄せて唸った。


「なんか、イブリンの視線を感じた」

 ぶっきらぼうに言うから、アイラは吹き出す。


「そりゃ扉の向こうにいるって言ってたし。ほら、早く着替えておいでよ」


 とん、と。

 サイラスの身体を軽く押す。そうやって、さりげなく距離を取った。


「アイラ」

「ん?」


「疲れてない? 大丈夫?」

「全然! むしろサイラスのほうが気がかりだよ。ずっと沿道に向かって手を振って笑ってるんだもん」

 

 ぶんぶんと首を横に振ると、サイラスは苦笑いを浮かべる。


「それぐらい別に……」

「後ろから見てるだけだったけど、サイラス、美人って思ったよ」


「美人って言われてもなぁ」 


 苦笑いをするサイラスは、あまり嬉しそうではない。

 こんなに感動したのに、とアイラはむきになる。


「いやもう、ほんと、私めちゃくちゃ見惚れたし。なんかさ、ぎゅーってしたくなったのよ」

「え?」


 サイラスが首を傾げるから、勢い込んだ。


「なんていったらいいのかわかんないけど……。サイラスを力いっぱい抱きしめたくなったの」


 抱きしめて、彼にくっつきたい。彼の一番近くにいたい。


 そう言いかけて。

 なんとなく気恥ずかしくなった。


(……後半を言わなくてよかった……)

 頬が熱くなる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る