第8話 最初の宿泊地
◇
その日の晩。
アイラとリプリー、イブリンはサイラスの宿泊室をくまなく捜索し、不審物等がないことを確認していた。
「大丈夫そうだな」
クローゼットを閉め、リプリーが振り返る。
ベッドの下に聖具を押し込んでいたアイラはその声に立ち上がり、頷いた。
「侵入者さえいなければ」
「それは大丈夫。あたしと、数人でドアの前に立ち番してるから」
イブリンが腰に両手をあてて大きな胸を逸らした。
「ねえ、もう脱いでゆっくりしていい?」
サイラスは「暑い」と、衣装の裾をたくし上げ、ばたばたと空気を送り込んでいる。とてもじゃないが、可憐で華奢な聖女様とは思えなかった。
彼がちらりと見たのは、部屋の隅。衝立で隠された奥には、身体を拭いて着替えるために焼石を放り込んだ桶が用意されている。運んだのは、アイラとイブリンだ。
「ああ、構わない。我々は出るから」
リプリーは言うと、目でイブリンを促した。
「はいはい。あーあ、いいなあ、アイラはここでお泊りできて」
イブリンが肉感的な唇に人差し指を立て、ふたつ並んだベッドを恨めし気に見ている。
「あたし、今日は絶対廊下で寝るんだもん」
「それはわたしも同じだ」
リプリーがじろりと睨む。
「というか眠れるのか、わたしは。今からあのくそメイソンと打ち合わせ……」
「ちょっと待って!」
ぎょっとしたのはサイラスだ。
「え。アイラ、ここに泊まるの⁉」
驚きすぎたのか、珍しくサイラスは衣装の裾を踏んで転びそうになる。
「そうなんだって。サイラスひとりじゃ危ないしって」
アイラは答え、室内を見回す。
四人で過ごしても十分余裕のある部屋だ。
ベッドは広々としたサイズのものがふたつ。
ソファやテーブル、宿からのサービスらしいワインがクーラーで冷やされている。そのほかにもティーセットが用意され、部屋の調度品も最高級のものが設置されていた。
「もう少し狭い部屋の方がいいよね、これじゃあ警備が大変」
口を尖らせてサイラスに言うが、「そうじゃない!」と悲鳴を上げられた。
「そうだぞ、アイラ。分相応というものがある。聖女が狭い部屋に泊まるなど……」
「それも違う!」
サイラスが指をさしてリプリーに指摘した。
「なんでアイラが同室なんだよ!」
「わたしは今から、くそメイソンと打ち合わせなんだ。一緒にいてやりたいが無理だ」
リプリーが首を横に振る。その隣でイブリンが口をへの字に曲げた。
「あたしは団長のいない間、団を預かるし……」
「ということで、私に決まったんだけど。いや?」
アイラが自分を指さして、きょとんとした顔をサイラスに向けた。
「え。でも、ちょっと……」
たじろぐサイラスに、リプリーが頷いた。
「置物だとおもえ」
「いや、思えねぇしっ」
「ねえ、サイラス」
にやにやとイブリンが笑う。
「職務に忠実なあたしが一晩中、この扉の向こうで聞き耳たててることを覚えておきな。変な事したり、変な声が聞こえたり、いやらしい喘ぎ声が……」
「聞こえるかっ」
サイラスが羽根枕をぶつける。イブリンは笑ってその枕をかわした。
「え。なんの声って?」
アイラが尋ね返し、サイラスはぎょっとしたまま、硬直する。
「純情青年をからかうのはよせ、イブリン」
リプリーがイブリンをたしなめると、アイラに向き直る。
「聖具は運びこんでいるな?」
「はい」
さっき、ベッドの下に押し込んだ。
「ならば、また明日の朝。食事の席で会おう」
言うなりイブリンの背を強引に押したのだが、彼女は退室する間際、くるりと振り返り、アイラを見た。
「寝不足にならないようにね」
「え? なんで?」
「出て行け、ばばあ!」
サイラスが床に転がったままの羽根枕を拾い上げるや否や投げつける。
紙一重でかわし、笑いながらイブリンとリプリーは出て行った。
「サイラス、着替えたら?」
肩を怒らせ、もう見えなくなったイブリンに呪詛をかけようとしているサイラスに声をかけた。仲が良いんだか悪いんだかと苦笑いだ。
「お湯、冷めちゃうし。衝立で囲っているから外からは絶対見えないから大丈夫だよ」
カーテンを見た。
窓を開けているわけではないので、外の風に揺らぐわけではない。
室内には、5個の油灯があった。
ガラスのほやにいれられ、手元のねじで火の大きさを調整できるタイプだ。足の長い油灯置きに設置されたものが4つ。
ベッドわきのテーブルに直接置かれたランタンタイプがひとつ。
その灯りを受け、カーテンの表面が艶やかに濡れている。
「アイラは?」
「ん?」
呼びかけられ、振り返る。なんだか不安そうな顔でサイラスがこちらを見ていた。
「アイラは着替えるのか? お湯、先に使う? いや、おれが先に使う方がいいのか……。いや、それもあれだよね、気持ち悪いよね。だからといって、アイラが使った後を使いたいわけではなく!」
真っ青になったり真っ赤になったりして、サイラスがひとりで怒涛のようにしゃべっている。
「私、さっき団員と交替で身体拭いたから大丈夫だよ」
けろりと答えると、サイラスはがっくりと肩を落とした。
「あ、そう……」
「大丈夫? なんか疲れてる?」
いつもと様子が違う気がするし、いつもこんな感じのような気もする。
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