第6話 王都までのみちのり

「んじゃ、行きます」

 なんとなく場を仕切り直したくて、アイラは挙手をした。


「だからその挙手はなんだよ」

 ぼそりと言い返すサイラスの顔は、ようやくいつも通りになりつつあった。


 ふたりそろって部屋を出る。アイラは先導するように廊下を歩いた。


「あ。金獅子騎士団、戻ってきたよ」

 振り返り、サイラスに言う。


「ふうん。オーロラは無事?」

 髪に手櫛を入れながら彼が尋ねる。


「無事だって。だけど、王都まで行って帰ってきて十日って……。だいぶん強行軍だよ。絶対、あのわがまま聖女、機嫌悪いだろうなぁ」


 くくく、とアイラは肩を震わせる。


「おれたちは、のんびり向かうんだろ?」

「うん。十五日ぐらいかな」


「楽しみだなぁ」

 笑みを浮かべるサイラスは、本心からそう思っているようだ。


(……これが、普通の旅行ならいいのに)


 そんな彼の笑顔を見たら、胸がぎゅっと締め付けられたような苦しさを覚える。


 女装なんかしてなくて。

 年相応で。 

 身分相応で。

 そんな服と髪型で。


 護衛じゃなく、友人たちと。

 馬を並べて、気ままな旅だとしたら。


(……そしたら、きっと私なんかそこにいないな)


 内心苦く笑う。

 そもそも、身分が違う。性別も違う。


 こんな状況だからこそ、アイラとサイラスは友人になれたのだ。


「準備できたか?」

 なんだかうつむいたアイラの頭上を、リプリーの凛とした声が撫でていく。


「はい」 

 慌てて顔を起こし、ついでに廊下の前方を見た。


 そこには、団長のリプリーと副団長のイブリンがいる。


 ふたりとも服装といい髪型といい、一部の隙も無い。膝まである乗馬用長靴も相まって、すっきりとした体躯が美しい。


 リプリーは細身の刀身のような美貌だが、イブリンは制服のボタンがはちきれそうなほどの胸と、ぱつぱつに張った尻などずいぶんと肉感的な美女だ。泣きほくろがまたあだっぽい。


「惚れちゃいそうですよ、団長、副団長」

 アイラがため息交じりに言うと、副団長のイブリンが片目をつむってみせた。


「当然じゃない。誰だと思ってんのよ。イブリン様よ」

 そう言って、腰に片手を当て、色っぽいしなを作って見せる。


「だが、悪ぃな。観衆の視線はおれさまのものだ」


 背後にいたと思っていたのに、アイラの隣に並んだサイラスが、にやりと笑っている。イブリンがじろりと睨んだ。


「若いだけが取り柄のガキは引っ込んでな」

「そろそろ年を自覚した方がいいんじゃねえか」


「うっさい。がき」

「黙れ、年増」


「やめろ、ふたりとも」

 くだらない言い争いを続けるイブリンとサイラスに、リプリーは一喝する。


「いくぞ」


 冷ややかに言い、かつかつと靴音を鳴らして歩くリプリーを見て、アイラは尊敬のまなざしを向けた。


「やっぱ団長、かっこいい……。ほんとかっこいい」

 その言葉を聞いて、イブリンとサイラスはため息をついた。


「結局、団長の一人勝ちか」

「なんだかんだで、リプリーが一番きれいし、かっこいいんだよなぁ」


 がっくりと肩を落としながら歩くサイラスに、アイラは笑った。


「そりゃ団長に勝てる人はいないよ。あれでまた、ご夫君一筋のところがいいよねぇ」


 うんうん、とひとり満足げに頷いていたら、背後でイブリンの忍び笑いが聞こえてきた。


「アイラの理想は高いなぁ。お前ごときが攻略できるか? くそがき」

「口悪ぃな。だいたい、うるせえ」


 なんだろうと振り返ると、イブリンは意味ありげに笑っているし、サイラスは不機嫌そうに口をへの字に曲げている。


「みんな、正面玄関で待ってるんですか?」

 アイラがイブリンに尋ねると、彼女は足早に近づいてきた。


「馬車の側にすでに待機している。金獅子のやつらは神殿外に出て、沿道を警備してるはず」


 銀羽騎士団の団員が約50名。

 対して、金獅子騎士団の団員がざっと500は超える。


 銀羽騎士団は、騎馬でサイラスの馬車に並走するのだが、金獅子騎士団はリレー方式で主要な沿道を警備していくらしい。


 聞いているだけでうんざりするような長さを間断なく埋めていくのだから、その調整役となっているメイソンとリプリーは大変だろうな、と顔をしかめた。


 リプリーを先頭に、イブリン、アイラ、サイラスの順番に歩く。


 正面玄関に近づくにつれ、徐々に神官たちの姿が現れるようになった。


 女装したサイラスを見るや、深々と頭を垂れる。

 視線も合わせないので、サイラスの高身長を不思議におもう人物は少ないかもしれない。


 応接用も兼ねたホールを抜け、衛兵がリプリーの姿を認めて、玄関扉を開いた。


 目の前に広がるのは、広い馬車廻しだ。

 むっと風に乗って頬を撫でるのは、馬の匂いと体温。


 馬車の周囲には、アイラと同じ制服を着た女性が数騎、すでに騎乗で待機しており、リプリーやサイラスに対して敬礼を行った。


「……え。馬車、あのタイプ?」

「まじか」


 アイラとサイラスが足を止め、同時に呟く。


 てっきり箱型の馬車だと思ったのだ。

 だが、目の前に準備されているのは、屋根のないオープンタイプのものだった。


 天候や日差しによっては、じゃばらの幌が出るようにはなっているが、今現在は閉じられている。


「これ、警備上どうなんですか」


 おもわずアイラがリプリーとイブリンに尋ねる。

 いわば剥き出しだ。弓や銃で狙撃し放題ではないか。


「馬車は王都が指定してきた。これだ」

 リプリーが忌々し気に吐き捨てる。


「一部山道は箱型だけど……。沿道の国民に聖女がよく見えるように、だってさ」

 イブリンも不服そうだ。


「これじゃあ、あれだな」

 サイラスが呟く。


 反射的に彼を見上げた。


 これじゃあまるで、狙ってくれと言わんばかりだな。


 敢えて口の中でつぶしたサイラスの言葉が聞こえた気がした。

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