第4話 リスクの多い仕事

「ちょっと……。え?」


 思わず、リプリーとセオドアの顔をアイラは交互に見た。


 今まで、聖女オーロラとサイラスが入れ替わることは、まま、あった。

 だからこそ、銀羽騎士団はサイラスを護衛対象としているのだ。


 聖女オーロラとサイラスは、双子の兄妹。


 男女の双子だというのにその顔立ちは非常に似ており、幼いころからオーロラの代わりとしてサイラスが表舞台に登場することは、上層部の一部ではよく知るところだ。


 というのも。

 聖女オーロラは、かんが強い。


 その清楚な見た目からは想像もできないほど、激しい気性を持ち合わせている。


 白か黒かがはっきりしているし、嫌だと思ったことは、梃子でも動かない。

 それでも彼女が聖女として過ごしているのは、誰もが目を奪われる美貌と、時折見せる慈悲深い笑みに魅了されるからだ。


 聖女といっても、特別ななにかが必要なわけではない。


 毎年決められた祭事を執り行い、民に対して言祝ぎ、国王に拝謁をする。

 それを次の聖女が生まれるまで行えばいいだけ。


 聖女は神託によって生まれるが、オーロラは歴代の聖女の中でも群を抜いて美しかった。


 聖女の座を退いて市井に戻る時、婚姻を望む高位な男たちがあまたいると聞く。


「サイラスを……聖女にして王都まで行くんですか?」

 おずおずとアイラはリプリーに尋ねた。


「わたしは反対している」

 はっきりとリプリーは答え、鳶色の瞳をセオドアに向けた。


「危険度が違いすぎます。神殿内で行う祭事に出席させるのとは訳が違う」


 アイラも大きく頷く。

 サイラスがオーロラに代わる理由。それは、ひとえにオーロラの気分むらだ。


『わたくしはやりません』


 そう言いだしたらどうしようもない。神官長はため息をついて、こっそり西の塔に閉じ込めているサイラスのところに来るのだ。


『聖女オーロラの代わりに、祭事に出席しなさい』


 サイラスはそう告げられ、女装をして銀羽騎士団を付き従えて神殿で祭事を行う。


 事情を知らぬ神官や王族たちは、その様子を見て『ああ、オーロラの機嫌がなおったのだな』、『ほほう、珍しい。あれが銀羽騎士団か』と思うだけだし、民など誰が護衛しているのか気にもしていない。ただ聖女の美貌を見てただ感嘆するだけだ。


 サイラスの存在を知っている人間からすれば、ひたすら気の毒で仕方ない。


 双子のうち最初に生まれた子は、忌み子。


 もう一方を押しのけてまで先に下界に出ようとした悪しき存在。

 この国ではそんな考え方があり、サイラスは生まれると同時に両親から引き離され、幽閉された。


 殺されなかったのは、ただただ、オーロラが聖女として神託を受けたからだ。


 生まれると同時に、不浄が行われてはいけない。この世に動乱が起きる。

 神官長はそう判断し、宰相の指示を仰いでサイラスを人目のつかないところに閉じ込めた。


「御幸に出れば、殺される可能性さえある。わたしは反対だ」

「その危険な場に、本物の聖女を出せ、と?」


 リプリーの言葉を、メイソンは鼻で嗤った。


「都合の良いときだけ、サイラスを出すなと言っている。警護に自信があるのならば、本物でも問題あるまい。警護役も含めて譲ってやるからそちらがやればどうか」


 リプリーは冷淡に言い放つ。メイソンが薄い口端を弓なりに持ち上げ、笑った。


「それはあれか。銀羽騎士団は、やはり飾りもので護衛としては力不足だ、と俺に言っている訳か」


「は?」


 リプリーが険のある瞳をメイソンに向けるが、彼はソファに深く座ったまま。


「護衛対象を守る力がございません、どうぞ金獅子の皆さん、かわってくださいと言っているのか、と聞いている」


「脳みそにまで筋肉をつけたせいで、めぐりが悪いと見える」

「なんだと! 貴卿っ」


 メイソンが立ち上がるのを見るや否や、リプリーが迷いなく剣を抜いた。


「では銀羽騎士団の実力を見せてやろう。来い」


 剣が鞘を走る音がしてメイソンを見ると、こちらも抜剣していてアイラは仰天した。


「え。ちょ、待っ……」


 止めに入ろうとしたものの、リプリーを止めるのは怖い。なぜ止めたと、アイラを斬りそうだ。この場合メイソンを撃ち殺したほうがいいのではと、アイラが拳銃のグリップに手を伸ばす。


「待て! アイラ!」

 ひっくり返った声で叫ぶのはサイラスだ。


「よさんか、ふたりとも!」


 叱責を飛ばしたのは、セオドアだった。

 リプリーとメイソンがにらみ合いながら同時に剣を鞘に納める。


「なあ、リプリー。おれと一緒に王都に行ってくれ」

 サイラスは腰に両手を当て、無表情のリプリーに笑いかけた。


「これは君たちを国民に披露する絶好の機会だ」

「絶好の、機会?」


 アイラが首を傾げる。サイラスは大きく頷いた。


「王都ではもう、銀羽騎士団の存在なんて忘れられて久しい。聖女を守護するのは金獅子騎士団。誰もがそう思っている。だけど違う」


 サイラスはきっぱりと告げた。


「聖女の守護は銀羽騎士団の職分だ。それを民にわからせて広めるためにも、この御幸の警護を受けるべきだ」


 サイラスの熱い言葉に、アイラはメイソンに視線を走らせる。こちらは内心面白くないのだろう。どちらかといえば失敗を願っているような、莫迦にするような瞳を床に向けていた。


「そのために君が危険にさらされることはない」

 淡々としたリプリーの声を、サイラスは笑い飛ばした。


「おれはリプリーたちを信じてる。危険なんてない」

「ああ、そうだ。観光を楽しむつもりで行けばいい。リプリーとアイラが君を守るだろう」


 セオドアが口元を緩める。


「サイラスの身辺警護はアイラ、君に任せる。道中、風呂や着替えのことがあるから、ある程度事情がわかっている人間がする方がいいだろう」


 セオドアが肘掛けに頬杖をつき、さっきよりも幾分和んだ雰囲気でアイラに言う。


「は、い」


 ちらり、とリプリーを見る。彼女も無言で頷いた。

 確かに、外に出てしまえば事情を知る者ばかりではない。人目もある。


「サイラスの周囲で守りを固めるのは銀羽騎士団。沿道警備や、宿泊所の外部警備は金獅子騎士団だ」


 セオドアは眉根を寄せ、リプリーとメイソンを指さした。


「これは命令だ。わかっているな」


「御意」

「承知」


 ふたつの騎士団の団長が短く返事をする。


「さて話はお終いだ。追って正式な御幸の日程を伝える」


 セオドアはひげをしごきながら言うと、メイソンが形ばかりの退席の挨拶をして出て行った。


「われわれも退室しよう」

 リプリーが促すから、アイラは頷いてサイラスを見た。


「またね、サイラス」


 小さく手を振ると、サイラスはおどけて、淑女のような礼をしてみせた。


 ふわり、と。

 彼の白磁の頬に黒髪が揺れ、陰を落とす。それが儚く、とてももろく見えた。知らずにアイラは、ぎゅっと拳を握りしめる。


 そんなアイラの背を押し、リプリーは部屋を出た。


「アイラ」


 廊下に靴音を響かせて歩く上官の後ろをついていたアイラは、返事をして慌てて横に並んだ。


「はい」

「最大級の装備と準備をして、サイラスを守れ」


 短く言うリプリーは、アイラではなく前しか見ていない。

 その冷徹な横顔に、アイラは奥歯を噛み締めた。


「そんなに……危険なんですか?」

「でなければ、宰相がわざわざ王都から説明には来ないだろう。おまけに、護衛は銀羽騎士団うちときた」


 リプリーは小さく舌打ちする。


「下手をしたら、銀羽騎士団ごとサイラスを消すつもりかもしれん」

「どうして」


 目を丸くして足を止める。

 数歩前に進み、リプリーは立ち止まったままのアイラを振り返った。


「邪魔だからだろう。我々も、サイラスも」

「だって……」


 サイラスは聖女オーロラの代役をいつもそつなくこなしていたではないか。


「噂では、もうすぐ新聖女が誕生する。聖女の交代だ」

「新しい……聖女」


 目をしばたかせる。


「そうなればサイラスの存在が邪魔だ」


 アイラは背中に走る寒気に肩を震わせた。


「サイラスは神殿や……。内部のことを深く知り過ぎている」


 リプリーの声には熱がない。

 だから一層、アイラの身体から温度を奪った。


 聖女の代理で行動しているのだ。

 それなりの情報や知識を与えられている。


 それが。

 今更ながらに、迷惑に思う人間もいるのだろう。


「アイラ」

 リプリーが名を呼ぶ。


「はい」

「サイラスを守れ」 


「もちろん、絶対に」


 きっぱりと言い切る。

 その顔を見て、リプリーはようやく笑顔を見せた。


「さすが、我が団唯一の銃士だ」

 くしゃり、とアイラの頭を撫でた。


「期待しているぞ」

「はい!」


 アイラも、今日いちばんの笑みを浮かべて応じた。


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