第3話 聖女の護衛

「へえ。そうなんですか」


 宰相に対してこんな口の利き方をすれば首をはねられそうだが、そもそも親の代からの付き合いだ。こんなにえらいおじいちゃんだとは、入団するまで知らなかった。ちょっと礼儀が必要な近所のおじいちゃんぐらいに考えていた。


「ああ。それで金獅子騎士団と打ち合わせを?」


 ちらり、とアイラはメイソンを見た。

 金獅子騎士団は、聖女の護衛をしている。宰相と王都に行く日程や旅程を調整していたのだろう。


(だけど)


 つい、口がとがりそうになる。


 本来、聖女の護衛は銀羽騎士団の役割だった。


 聖女をお守りする女性だけの騎士団。

 それが銀羽騎士団創設の発端だった。


 聖女の住まう聖都は、王がおわす王都と対をなす。

 その聖女を守護し、聖都で美しくきらめく銀羽騎士団は、『聖女の宝石』と称されるほどの存在だった。


 ところが。

 時を経て、何度か聖女の身に危険が及ぶことが続くと、徐々に女性よりも力のある男性の騎士団が聖女を守護するようになった。


 剣技、格技、すべて銀羽騎士団を凌駕する男の武人たちが聖都で幅を利かせ、いつの間にか銀羽騎士団は〝ただのお飾り〟と呼ばれるようになったのだ。


 長い年月を超えて、今では聖女ではなく、聖女の双子の兄であるサイラスを守護している。


 アイラはいつもこのことが不満であり、それは銀羽騎士団全員の思いでもあった。


「出発はいつですか。お疲れ様です」


 メイソンを一瞥し、アイラは形ばかりのあいさつをした。その様子を見てセオドアが苦笑する。


「その聖女の護衛を君に任せたいんだよ。いや、君たち銀羽騎士団に、だな」


 膝の上で指を組み合わせたセオドアを、アイラはしばらくぽかんと見つめていた。が、話の内容が頭で理解できるや否や、両手を突き上げてリプリーを見る。


「やった!」


 ようやく堂々と聖女の護衛ができる。

 そう思ったのだが。


「ん?」


 リプリーが苦み走った顔で唇を引き絞り、腕を組んだまま重心を右に預ける。かたり、と彼女の腰で佩刀が鳴った。


「閣下。正確には、偽聖女を、とおっしゃらねば。小娘が喜んでいるではないですか」

 メイソンが片頬を歪めて笑うのを、アイラは睨みつける。


「どういうこと? ……ですか」

 リプリーからの強烈な視線を感じ、慌てて丁寧語にしてごまかす。


「レオナルド殿下の立太子について不満に思う一派がいる」


 答えたのは、サイラスだった。

 アイラはつま先を彼に向ける。


 二人掛けのソファ。


 その中央に堂々と座るのはセオドア。

 サイラスはひじ掛けに腰を載せ、組んでいた長い脚を解いて、だらしなく伸ばす。まるでひなたの猫のように、こちらはこちらで、ある意味人目も気にせず、行儀が悪い。


「でも、国王陛下のご長男はレオナルド殿下でしょう? 男の子って、その子だけじゃあ……」


 アイラは首を傾げる。彼が王太子になって何が悪いのだ。


「シドニー公爵が自分の息子を推していた。それに倣う臣下も一定数いたらしい」

 サイラスが興味なさそうに言う。


「シドニー公爵」


 呟いてみた。

 顔は知らない。もともと、アイラは聖都近郊育ちだ。王都のことには疎い。


 だが、名前ぐらいは知っている。国王陛下の弟君だ。

 国王陛下にもしものことがあれば、王位は彼に移る。が、国王陛下の息子が王太子となれば、王位は王太子に移動する。


 シドニー公爵の血筋は、完全に傍流となるのだ。


(それが、イヤなのかな)


 アイラは、権力に魅力を感じない。

 宰相に命じられて銃士として生活しているが、それなりの給料と、それなりの実績。実践データが取れればそれでいい。


「レオナルド殿下は、御年10歳。対して、シドニー公爵のご子息は現在20歳。もし、陛下になにかあった場合、自らの才覚で国を指揮できるのは、シドニー公爵のご子息だと言いたいようだな。だが」


 セオドアは重い息を吐き、組んでいた指を解いた。


「では、なんのための臣下だ。君主がひとりで判断し、ひとりで何もかも決めるのであれば、それは暴君以外のなにものでもない」


「その暴君になりそうなんですか、公爵の息子は」


 アイラがけろりとした顔で言うものだから、リプリーもメイソンさえも、ぎょっと目を剥いた。さすがに宰相と言う立場で、「そうなんだ」と言えないセオドアが、喉になにか詰まらせたような顔をする。爆笑したのは、サイラスだ。


「なりそうみたいだよ、暴君に」

 腹を抱えて笑いながら、アイラに言った。


「アイラ。王都に入ったら、貴様は口をきくな」


 まじめな顔でリプリーが命じ、セオドアは苦笑いでそれに応じた。


「リプリー嬢の言う通りだ。君の失言で首が飛ぶようなことがあれば、ご両親にも申し訳がたたんよ。いや、それでだな」


 咳ばらいをし、セオドアは続けた。


「レオナルド殿下に聖女が聖具をお渡しすることで、正式に立太子する。いうなれば、これを阻止、妨害できれば、レオナルド殿下は、本当の王太子ではないといえるのだ」


「妨害されるってことですか?」


 アイラは、今度はよく考え、妨害するのかは言わないことにする。うむ、とセオドアがその判断を後押しするように頷いた。


「なので、聖女の御幸についての警備は万全を期せねばならん。だが、厳重すぎるのも問題だ。これは、あくまで慶事なのだ」


 リプリーが簡潔に伝えるところによると、今までの聖女の御幸は、それはそれは華やかで、街道には人が集まり、口々に聖女と新しい王太子に対して言祝ぎを捧げ、村々では祭りが催されるらしい。


「今回のみ妨害に遭う可能性があるから、と物々しい御幸では国王陛下の威厳に関わる」


 メイソンが口を開き、低い声で告げる。


「華やかさが必要だから、今回銀羽騎士団が警備することになったんですか?」


 アイラは、ぱちぱちとまばたきをし、尊敬する団長を見た。

 美しさ、麗しさでいえば、銀羽騎士団の右に出るものはいない。


 むろん聖女や要人守護が本来の目的だから、女性とはいえ、いずれもが一騎当千のつわものだ。だが、装飾品や衣装、髪形、馬装飾など‶女性〟というだけで映えるところもある。


(御幸に華を添えるのかな)


 首を傾げるアイラの視線の先で、やっぱりリプリーは不満顔だ。


「聖女オーロラは、明日にでも王都に向かって発つ。その警備は、我ら金獅子団が請け負った」


「ん?」


 反射的に声のする方を見る。

 メイソンが相変わらず表情に乏しい顔で、アイラの視線を跳ね返した。


「お前たちがするのは、偽聖女の護衛だ」

「偽聖女?」


 眉根を寄せる。嫌な予感がした。

 その予感に引かれるように、サイラスを見る。


「はあい」

 サイラスは、五指をひらひらさせて、陽気に笑う。

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