第3話 死が迫る
フックのアイコンを手に入れた幸人は急いで来た道を引き返す。木々の中に突っ込み、ショートカットの道を経由して広間に飛び込んだ。
「マジか!」
ロッジ風の建物が見当たらない。痕跡を見つけることもできなかった。探す当てもなく泣き寝入りの形となった。
「ぼったくりかよ」
泣き笑いの顔で記憶した道程をなぞる。程なくして聳える壁に行き着いた。上部のコインの連なりを見て僅かに表情を和らげた。
早速、右手にフックを装着。上部の端にある金属の輪に向けて投げ放つ。
「これが正解か」
幸人は機嫌よく二十コインを手中に収めた。その表情が強張る。地鳴りに等しい唸り声が聞こえる。不吉な予感を全身に感じて鳥肌が立ち、身を縮めた状態で後ろを振り返った。
距離はあるが靄の範囲が広がり、空の一部を黒く染める。
「……敵だよな?」
靄の一部が白い。目を凝らすと面長の
全身が激しく震える。三日月は鋭利な
幸人は石畳の道にある、もう一つの金属の輪を利用して壁から降りた。間髪を入れず、踵を返して全力疾走に移る。勢いを維持した状態で森に頭から突っ込んだ。木々に肩をぶつけながらも抜けて水のエリアに突入した。
後ろを振り返る間を惜しんで尚も走った。目の端に見かけたコインは無視した。エアタンクのアイコンは多少の遠回りを覚悟して手に入れた。
活動範囲は水の中まで広がった。その喜びは瞬く間に失意に変わる。水中では移動速度に制約を受けて動きが緩慢となった。それもあって見捨てたアイコンやコインは多数に及ぶ。
「武器や魔法はないのかよ!」
腹に溜まった怒りを吐き出す。逃げながら顔を方々に向ける。剣や竜巻のアイコンを目にすることはなかった。
エリアが一変した。周辺から水がなくなり、細い一本道となった。道から外れたところに白い雲はなく、下から吹き付ける風に身体を揺さぶられた。落下の恐怖に全身を縛られ、速度は激減した。
最悪なことに先の道は左右に大きく折れ曲がる。苛立ちを募らせながら稲妻の上をそろりと歩く。と同時に後ろを振り返る回数が一気に増えた。
「お困りのようですね」
声は下から聞こえた。ぎょっとした顔で目を向けると微笑みを
直視を避けた幸人は頭を下げて言った。
「委員長まで、なんでこんなところに?」
「委員長ではありません。わたしはサキュバスです。偶然ですが、あなたの窮地を目にして手助けにきました」
「一体、なにを?」
「わたしの飛行能力であなたを安全なところまで運んであげましょう。どうですか」
宙に浮いた状態で幸人に近付く。柔らかく揺れる胸から目を引き離そうとして顔を上げると、妖艶な笑みが待ち構えていた。覗いた白い八重歯が鋭く、幸人は思わず自身の首筋に手を当てた。
「今、急いでいるし、それなら」
「73コインです」
「え、お金を取るの?」
「ギブ&テイクです」
サキュバスの細めた目の奥に冷気が宿る。
「あの、折角なんだけど、やめておく」
「理由を訊いてもいいですか」
「……偶然の出会いでは、ないよな」
「どうしてそのように思うのですか。わたしの言葉に嘘があるとでも?」
「73コインは俺の有り金の全てだ。逆に訊くが、どうやって知った?」
サキュバスは鼻筋に皺を寄せた。
「小賢しいヤツ。どうせ逃げ切れはしない。ほら、死がそこまで迫っているぞ」
幸人の斜め後ろを指差した。そこには巨大な大鎌を振り上げた死神がいた。空を黒く浸食してじわじわと距離を詰めてくる。
「いつの間に!?」
語尾が震える。幸人は動揺を振り払うように懸命に足を動かした。
けたたましい笑い声が上空から降ってきた。見上げる余裕はなく、冷や汗に塗れた身体で愚直に先を見据えて歩いた。
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