第3話 俺の人生は、変わっていきそうだ

 7時40分、俺は毎朝この時間に家を出る。

 お気に入りのロードバイクで高校まで登校する。それが毎朝のルーティ――


 ギュイイイイイン


「おはよ! 宇治乃くん!」

「……は? てめってめーなんでいんだよ……」

「私の自転車に乗ってくれ!」

「いやなんで」

「乗ってくれ!」

「だからなんで――


「私は黙秘します!!」


「いやなんでだよ!?」

 どうやら、俺のルーティンは昨日限りだったらしい。

 少しずつ、少しずつ。崩れていく。

 俺の人生は、変わっていきそうだ……。







「ど……同盟?」

「そー、俺とお前で同盟組むってーことよ」

 俺が唐突に提案をすると、姫那は胸を隠しこちらを睨んでいた。

 いや、やらしい同盟組みてぇわけじゃねーよ!!


「俺は、お前が女として見られるよう協力してやる! 逆に、お前は俺が男として見られるようにフォローしてくれ」

「君は私に対して何ができるの?」

「んっ!? えっとなー……お前の秘密は俺しか知らねーだろ? だからこそ俺ん知恵を振り絞ってなにか出来るわけよ」

 俺がそう言うと、ほー!と姫那は目を輝かせて頷いていた。

 正直、こいつばかちょろいと思う。


「そしてお前はダチが多いだろ? 俺はみんなにビビられてる。だからお前は、周りに俺をカッケー男だって広めてくれ!!」

「……え? それは君が友達を作ればいいだけなんじゃないか?」


「いやいや、別に友達がほしーわけじゃなくてだな? 彼女が欲し〜んだ! でも評判が悪けりゃ女も寄ってこねぇだろ?」

 すると姫那は黙りだし、なにか考え込んだような目でこちらを凝視してくる。

 一体なんだ? なにか変なこと言ったか?


「……分かった。つまり私は、女の子に君の良い評判を言い届ければいいんだな?」

「あ〜? んーまぁ、そうだ。あとついでにかわいい子も紹介してくれ!!」

 俺がそう言い寄ると、姫那は死んだ目で俺を見下した。

 まるで、下民を見るかのよう……。







 春の風が吹く。

 ただしその風は、

 甘ったるい香水の風だ――


「お前、随分女の子らしい香水付けてきたな〜」

「姉の香水を借りたんだ! 姉は私と違って……」

「違わねーって、お前もちゃんと女の子してるだろーが」

 思わずそう言ってしまった。

 つい昨日会ったばかりなのに、なぜか深く知っているような気がする……なんか、こんな事が昔あったような……。


「あっいやっ、違くて……」

「はー?」

「姉は……私と違って……ギャル、なんだ」

「へー?」

 年上ギャルかー、そうかそうか。

 ギャル大好きいいい!!!

 心の中でぶち叫んでしまった。

「そういやなんで俺の登校時間分かったんだ?」

「え? 家から出てくるのずっと待ってたんだもん」

 ……こいつちょっとメンヘラ気質あるな。

 てか今思ったけど、俺が後ろ座って2ケツってダサすぎだろ。はずい。だが楽。


「なぁ、なんで俺にあんなでっけぇ秘密話したんだ? あの様子だと俺以外知ってるやついねーんじゃねぇの?」


「……なんだか君が、私の弟に似ていた気がして」

「あ〜? 俺弟ー? てか姉ちゃんと弟いるって、5人家族?」

 そう聞くと、姫那は少し苦笑いをした。

 悲しそうな目で前を向き、また喋りだした。

「えーとね、今は4人家族なんだ」

「……それって」

「うん、一個下の弟がね、7歳で亡くなっちゃってね……」

 やっぱり、シリアスな感じだった。

 かなり空気が重いし、気まづい。

 耐えきれず俺も、話を切り出してしまった。


「俺もさ、俺が7歳の時に両親が死んじまってさー……じいちゃんちに引っ越してきたんだよなぁー」

「そっそうだったの? なんか、申し訳ない」

「別に〜? じいちゃん面白いし、従兄弟も一緒に住んでるから楽しーぜ?」

 俺がそう言うと、姫那はまた笑顔に戻った。  なんだか、また懐かしく感じた。

 と、そんなこんなでもうすぐ学校に着きそうだ。さすがに恥ずかしいので降ろしてもらおう。


「そろそろ降ろしてくれー、2ケツばれたら針先はりせんにしばかれるぜ」

「しばかれたくないから降ろすね」

「おうよ」

 なんやかんやで楽しかったかもしれない。

 誰かと登校したのは、中2以来だ。

 そして校門に着く……が。

「これは一体――


「「姫那王子〜!! お待ちしていましたわ〜!!」」


「わた、僕にかい? これ……」

「「そうですわ!!」」

 校門の前に用意されていたのは、レッドカーペットだった。

 姫那のファンクラブが出来てしまったのか、カーペットの横で女たちが並んでいる。

「んだ〜これ? しょーもな――

「「姫那様〜! 行きましょー!」」

「あ、う、うん! 行こうか女の子達……」


 スタスタスタと、姫那とファンの一行は校舎へ消えていった。

 するとトントン、と背中を叩かれた。

「おは! 東寺!」

「おぉ、カシラ」

「お前悔しいんだろ〜?」

 そう言いながら、カシラは頬をつんつんしてきた。

 俺はカシラをキックした。


「い、痛てぇ……w」

「こちとら空手やってたんだ、舐めんな」

「さ、さーせん……てかお前、王子と来てなかった?」


「……私は黙秘します……」

「え、なんで?」




 校内、姫那のファンクラブでいっぱいだ。

 そのせいか、てかそのせいだ。

 俺のクラスに女がたくさん集まっている。


「あんなかわいい子も姫那のファンってよぉ〜、意味わかんねぇな!?」

「東寺は先輩ぼこさなかったら男のファンクラブ出来てただろうね」

 ボコしてよかった、心からそう思った春。

 しかし、やっぱりボコしたせいで男も女も寄ってこなくなっている。

 寄ってくるのは、変なやつだけ。


「そーいえば、姫那って名前なのになんで女子って気づかなかったんだろう」

「確かになぁ、今考えたらちょー女の子じゃねーか」

「うんうん! もうすごく悔しい!!」

 珍しくカシラが頭を抱え落ち込んでいる。

 そこまで落ち込むことなのか?


「なんで悔しいーんだよ?」

「……だってな?」

「おう」


「女子をえろく見れなかったの初めてだも」

「お前ほんとやめろ」

 なんだか、段々とコイツの本性が見えてきた気がした今日だった。

 するとまた、トントンと肩を叩かれた。

 本日2回目ですけ……ど!?


「ねぇアンタ、たしか宇治乃でしょ?」

「あ……そーかも?」

「かも?」

 振り向くと、そこにいたのは桃髪のギャルだった。

 しかも、めちゃくそタイプ!!

「なんでしょうか? ギャル様」

「ギャル様言うな、私は青木 緑那みどなね?」

 名前と髪色が合ってねぇ。

 に、にしてもどタイプなんですが!?

 なんの用だろ、リンスタ交換!?


「リンスタっすか!? 俺ぁ全然いーけど」

「ちゃうわ! リンスタ交換する気ないし!」

「えぇ……じゃあなんだよ」


「アンタ確かスケボーやってるでしょ? コツ、教えてよ」

「あー。ん? なんで知ってんだてめー!?」

「いやいや、姫那が言ってたから!」

 姫那が?

 ……そういえば言ったな。

 周りにカッケー男だって言えって。

「じゃあいいぜ! 教えてやろう!」

「さんきゅー、放課後時間あったら教えてよ」

「おー任せろ」

 放課後かぁ……待ちきれねぇーな!

 でも、リンスタ交換したかったなぁ。


「……ったく、アンタのリンスタ教えなさいよ」

「へ?」

「まぁ、帰ってから分かんないところとかあったら教えてもらいたいしー?」

 ツンデレギャル……これもまた良きかな。

 そしてカシラは悔しそうな目でこちらを見ていた。


 ――すかさず俺はガッツポーズをキメた。




 なんとなく、今日も学校が終わった。

 今日こそ、カシラと帰れるかな。

「なぁカシラ、帰ろうぜ」

「え? いやお前緑那と会うんじゃねぇの?」

「え……あ」

 忘れてたー!!

 今日もダチと帰れね――


「俺、ミドナと帰れるんじゃね?」

「頼むから俺より先に彼女作んないでくれ」

「ケッ! 今日の帰りにミドナを落としてやるってー話よ!」

 するとピコン!とリンスタが鳴った。

 まさかのミドナからだった……が、なんだこの文?


『姫那ちゃんちで待ってるから来いよー』


「……なぁカシラ、今日は一緒に帰れるぜ」

「まじ!? やったぜー!」

 飛んで喜ぶカシラ。

 俺はなんの罪もないカシラをキックした。




「俺ぁここら辺で用事あるから、じゃーな」

「え、おけ……。じゃあ明日なー東寺!」

「おうよ!」

 姫那の家の前で、カシラとはぐれた。

 昨日は気づかなかったが、俺ん家よりこんな遠いんだな……姫那の家。

 俺がインターホンを押そうとした瞬間、扉から姫那が出てきた。

「やっと来た! 宇治乃くん、」

「よぉ、ミドナもういんのか?」

「うん! もうずっと待ってたんだから早く来てー!」


 姫那に腕を引っ張られ家を入るが……こいつ、おっぱい隠すブラ付けてねぇじゃんか。

 ミドナいんのに大丈夫か?

「なぁ、おっぱい大丈夫なのか? ミドナいんだろ?」

「んっ宇治乃君、デリカシー……」

「え? ……すんません?」

「理解してないな!? 一応女の子だよ私も!!」

 そういえば、そうだったな……。

 これは酷いことをした、女の子に対しての態度じゃないな……。


「そうだよな、すまん姫那」

「目線が胸じゃないかー!?」


 なんやかんやで2階へ上がり、姫那の部屋へ入った。

 本がたくさんあり、キラキラしていて王子様の部屋みたい……じゃないな。

 漫画ばっかでアニメキャラのポスターが貼ってある。

「お前オタクか〜?」

「うん! ヒロガイルってアニメが好きなんだ!」

「あーあれか、僕がヒーローなのは間違っている、だっけ?」

「そうそう!」


 従兄弟が見ているので、なんとなく名前だけ知っている。

 だが、あんまりアニメは好きじゃないし、ってかオタクが好きじゃない……。

「よー、宇治乃」

「あ、ツンデレギャルのミドナじゃん」

「お前消すぞ?」

「ひぇーこわ」

 なんとなく、俺もミドナの隣に座る。

 別に狙ってないからな? なんとなくな?


「ってか、私全然気づかなかったわ。姫那が女の子として見られたいだなんて」

「ん、お前知ってんのかー?」

「知ってるわよ、昨日LINEで教えてもらったの」

「ほーん、たった1日でそんな仲良くなったんだな」

 そう言うと、ミドナはイライラした顔で怒鳴ってきた。

「はぁ〜? たった1日って、私ら小学校から仲良い幼馴染ですけど〜!?」

「……し、知ってたぜ〜……」


 全然知らんかった。

 当たり前か、どっちも最近知り合ったばかりだし。ミドナに関しては今日!!

「まぁまぁ、今日2人に来てもらったのはね……」

「あ〜、どうしたら女の子っぽいかね」

「どうしたら宇治乃君に友達ができるか議論したいから!」


「は?」


 は? どゆこと? 俺について議論すんの?

 てか待て、どうやったら友達ができるか〜??


「俺ぁ友達欲しいんじゃなくて、女子の評判上げてぇだけ――


「宇治乃くん、君は友達が欲しいんだよ」

「……いや、だから……」


「宇治乃は友達が欲しいのか?」

「ちゃうわ!」


 急な話の展開に、頭が追いつかない。

 なぜそんな話に? 俺は友達が欲しいなんて一言も言ってねぇ!


「なんでそーなんだぁ!?」

「……宇治乃くんがこの話をする時、なぜか宇治乃くんの目が孤独を訴えるように感じるんだ」

「いやいや、そんなもん気のせいじゃ――


「もしかしたら、友達が欲しいっていうのを、評判を盾に隠してるんじゃないかって……」


 姫那がそう言うと、俺はハッと顔を変えてしまった。恐らく、図星だったんだろーな。


「わ、私はお邪魔かな〜? はは……」

「み、緑那もいていいよ! 全然!」


「俺ぁ友達がほしいのか……? 分かんねぇ、自分の気持ちが……」

「えっと……多分だけどね、過去の友達関係のトラウマで、無意識に蓋をしちゃってたんじゃないかな?」

 姫那に言われ、なんとなく、中学の頃を思い出した。

 そうか、あれで蓋が……。


「心当たりがあったら、話してみてよ」

 正直になってみてもいいかもしれない。

 俺は、初めて人に相談してみる事にした。

「……えっとなぁ? まぁ、中2の頃の話だぜ?」

「うん」

「そん時はまだ、友達はいっぱいいたよ……でもある日急に、何十人もの男が俺に告白してきたんだ」

「あっ、ボコボコにしたってそのこと……」


「あぁ、だからそいつらみんなボコした。結局みんな、俺ん事よく知らずに接してたんだな〜て思って……そっからダチ作んのが怖くなったのかもな」


「なるほど、それが無意識に、宇治乃くんの盾になっていたのか……」

 分かっていたようで、分かっていなかった。自分の心ん中。

 無意識に盾が出来ちまってたんだな……。

「結局友達が欲しいんだろ? じゃあ明日から普通に作れば良くね?」

「はぁ〜? みんなビビって接したがらねーだろ?」

「えっ? いやいや、あれビビってんじゃなくてさ、お前がかわいすぎてどう接すれば良いか分かんないんだよ」


 ……どういうことだ?

 みんな先輩ボコして教室で叫んだ俺に嫌悪感抱いてたんじゃないのか?

「ほら、よくあるだろ? 美人すぎて喋りかけるのが怖いけど、喋ってみたらすごく面白い人だったり」

「えー? いやいや……俺ん場合は――


「誰もお前のこと、悪く言ってないぞ? みんな美形すぎて喋っていいのか分かんないって」

「……はは、なんか考えすぎてたのか? 俺ぇ……」

 頭が疲れて、ついはぁ〜とため息をついてしまった。

 俺は、人を客観的に見れていなかったのかもな。

「宇治乃が思ってるより、うちのクラスは良いやつが多いからな? 明日から、話しかけてみろよ?」

「いやぁ、そんなたくさんのやつを友達にできるわけねーだろ」

「たくさんじゃなくていーだろ! 1人だけでも良くね? そうだな……例えば……」


 ミドナが考え込んでいると、姫那がハッ!とした顔で、名案を思いついたぞ!と言わんばかりに話してきた。

「宇治乃くん、うちのクラスに吉村くんっているだろ?」

「あぁ〜、あのオタクだろ? 俺ぁオタク嫌いなんだよ」

「ダメだよ、そういうのは。人を断片的に見ちゃいけない、それは男じゃないだろう?」


 そんな姫那の言葉に、つい心を揺らされてしまった。

 その時……

 ――男の子なら、勇気を言い訳にしちゃダメよ!

 こんな言葉が脳内に流れてきた。

 誰の言葉だ……母さん? まぁ誰でもいいか!


「……あぁ! 男じゃーねぇな! 明日、吉村を友達にしてきてやんよ!!」

「おぉ! ちなみに吉村くんはヒロガイルが好きだから、漫画貸すね!」


「……へ?」

「今、読んでみてよ!」

「……ミドナ! スケボーするぞ!」

「やった! 教えてくれ!」


「ヒロガイルはね、ギャルがい〜っぱい出てくるよ」

「ミドナ、ヒロガイル読むぞ」




 ――キーンコーンカーンコーン


 1限が終わった。

 結局家に帰っても、漫画を読むことになった……が、まぁまぁ面白かったな。

「なぁ東寺、連れションしようぜ」

「やだね、やることがあんだ」

「え〜?」

 俺は席を立ち、1番右の席にいる、吉村に話しかけにいった。

 練習通り……練習通り……!!


「な、なぁ吉村。お前ヒロガイル好きなんだろ?」

「え……あっ、うん、そうだけど……」

「俺もさ〜ヒロガイルちょ〜好き!」


「……え!? 宇治乃くんも読むの!?」


 さっきまで独りでうつむいてた吉村だったが、なんだか急に明るくなった。

 そんな吉村の笑顔を見ると、なんだかこっちも……。

「そー! 最近見ててさぁ〜? あの……八条隊長かっこよくねー?」

「かっこいいよね!! あのブレイドマンに変身するのがねー!」


 なんだか、これはこれでいいな……。

 共通の趣味、すごく楽しい……!!

「あそこのシーン何回も見たぜ! ……って、どうした?」


「う、宇治乃くん……なんで舌出してるの……?」


 少しずつ……少しずつだが。

 俺の人生は、変わっていきそうだ。

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