第11話 神父の隠し事
サルマは鑑定眼の持ち主だった。
あの能力は小説『愛の終わり』に登場する。
聖女を守る騎士サルバトールのもの。
彼は全身をミスリル銀で作られた鎧で覆い。
素性をひた隠し。聖女シシルに忠誠を誓った。
舞踏会に潜入した魔物マディアを鑑定眼で探し出し。
危機一髪のところまで追い詰めるも、
同じ騎士のダシュケンと共にマディアに殺される。
そのために彼女を探すことが困難になり話は進むのだ。
物語の中では二人の騎士は幼なじみであだ名で呼び合っていた。
死ぬ間際「サルマ」「ダン」と。
作中唯一マディアがどこの誰に化けていても見つけられる。
世界に数人しかいない鑑定眼の持ち主。
聖女の護衛につく前に会うなんて思ってもいなかった。
「ユウリ。迷惑をかけてすまなかった」
深々と頭を下げ謝るサルマ。
清々しいほどの音量で告白をされてから数時間。
原因は熊型の魔物の血を浴びたこと。
濃密なマディアの魔力のせいで何倍にも膨れ上がり。
傷口から入り込んだ魔物の毒素が暴れたのだ。
煎じた薬草を煮出して飲むと意識がはっきりとしてきた。
確か作中でも騎士サルバトールは強気者との対戦を好み。
自身より弱いものには見向きもしなかった。
今ならその理由が聞けるかもしれない。
「どうして私に告白したの」
「ユウリには本当にすまないことを」
だが誓って気持ちは本当だと言い募る。
先祖に人族ではない血が入っていて。
結婚の契りを交わすのは己よりも強者でなければならない。
という血の決まりがあるのだそうだ。
心惹かれるのは自身よりも戦闘能力の高い者に限られる。
父と母もそうだった。
「じゃあお父さんが相手を探していたのか」
「違う。探していたのは母だ」
「えっ?でも…」
ミラよりもアルトが強そうには見えない。
「父はああ見えて強いよ」
驚きを隠せないユウリの顔を見てサルマは腹を抱えて笑う。
父アルトと母ミラルダの出会いは小さな山間の村だった。
山に挟まれた空間にひっそりと建つ教会。
信者もいないと言っても過言ではない。
街から街へ移動する冒険者が一泊するだけの過疎が進む場所。
その村の神父アルトはかすり傷の血を見ることも苦手で。
子供たちにも揶揄われる臆病者だった。
人間の治療より飼育している羊の毛刈りに駆り出される始末。
笑い声の絶えない生活。
時間が止まっているかのような穏やかな日々。
そんな村に一台の馬車が来た。
用心棒に女性冒険者が一人と商人の男が二人。
くたびれた馬に同じような顔をした御者。
一泊して体力が戻ればすぐにここを出ていくはずだった。
その夜、雷鳴が轟き豪雨が道を喰らうまでは。
朝を迎えると昨夜の雨は嘘のように晴れ。
二本しかない道はどちらも断たれてしまっていた。
隣街が少しずつ直してはいるが望みは薄い。
こちらからは修理にも行けない断崖絶壁。
冒険者として腕が立ち。
力自慢な少女ミラは神父を小馬鹿にしていた。
村の子供と共に物陰から脅かしたり。
池に突き落としたこともあった。
道は断たれているがもとより自給自足していたおかげもあり。
食料などにも困らず過ごしていたせいで。
少女ミラは冒険者として気が緩んでいた。
商人の二人が奇妙な動きをしていることに気づかないほどに。
遊びに出た子供たちが青ざめた顔で走ってきた。
後ろを仕切りに確認している。
近くにくると逃げてと叫んでいるようだった。
見えたのは山のような大きさの紫色の鼠。
突如現れた災厄級の魔物に逃げ惑う村の人々。
懐刀で村の人間を守りながら戦った。
鋼のような毛に邪魔され刃が当たらない。
吐く息にも猛毒で呼吸するたびに毒を撒き散らす。
近づきすぎてしまい意識が遠のきよろめいた。
倒れ込んだと思ったはずなのに。
目を開けるとひ弱な神父がミラを支えていた。
息も絶え絶えに神父に怒鳴る。
「危ないから早く逃げろクソ神父」
「血を見るのは大の苦手なんだけどね」
人には引けない時っていうのがあるんだよと笑った。
神父アルトの手には猛獣の前足のような鉤爪。
よく使い込まれた暗殺道具だった。
彫られたマークには見覚えがある。
片翼の蜥蜴と呼ばれるドラゴンを象った紋章。
王国に反旗を翻す反乱軍のものだ。
「血はダメだよね」
アルトが笑う顔は神に仕えるものではなかった。
「血肉沸き踊るから」
宙を舞い華麗に攻撃をかわす。
「殺すのが楽しくなってしまう」
残ったのは原型を留めない魔物の残骸だけだった。
「洗うのも大変だし」
だから洋服は黒が一番だと微笑む。
「片付けるのも大変」
元凶を作った彼らに片してもらおう。
いつの間にやら捕まっていた商人が二人。
「だから血は嫌いだ」
疲れたから寝ると言って教会に帰るアルト。
ミラは圧倒的な力に感服し。
村に住み込み求婚し続けた。
結婚に至るまで。
そうして首都に出したのが宿屋と酒場『コッコ』だ。
「昔見た父の鑑定結果もなんだか腑に落ちないんだよね」
「アルトさんのはなんて書かれていたの」
「呼び起こし者と書かれていた」
「ちなみに私はなんて」
「終わりに導く者」
アルトは何を呼び起こしたのだろう。
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