第10話 騎士団長の憂い

 首都の騎士団長の私と鍔迫り合いになる強さ。

小型の魔物の生息域で初心者向けと名高い、

『蒼の森』に不釣り合いな魔物たち。

ただの調査のはずだったのに。

冒険者でもないユウリを連れてくるのではなかった。

魔力が強すぎる。

調査隊では戦力が足りない。

渾身の力を込めた一撃をかわされた。

目を離してしまった瞬間、悲鳴が聞こえ。

森の奥に逃げるユウリの背中が見えた。

咄嗟に追いかけようとするが、

目の前に立ちはだかる前足が四つ生えた大型の熊。

早くユウリのところに向かわなければ命が危ない。

後から来た三匹がユウリの悲鳴を聞きつけ走り去ったのだ。

残された手負の一匹を倒し森の奥へ向かう。

頼むから無事でいてくれ。

何度も唱えながら新緑の森を駆け上がる。

ユウリの元へ辿り着くと恐ろしい光景が広がっていた。

無傷で命を絶たれた三匹の熊。

その体から漂う凝縮した高濃度の魔力。

気を失いそうな圧力に膝をつく。

目を凝らすと死骸を前に呆然と佇む華奢な背中が見えた。

「ユウリ!」

呼びかけに応じ振り返ったユウリ。

その顔を見て背筋が凍る。

表情が伺えないほどの闇の魔力が立ち込めていた。

「これは…」

声が掠れる。

「通りすがりの人が助けてくれたんです」

飄々と答えるユウリ。

曖昧な証言で力を隠そうとしているのだろうか。

こんなに濃く暗い魔力を纏っているのに。

「全身黒いマントで相貌はわからなかったんですけど」

つい遮ってしまった。

「ユウリ。それは冒険者組合には通じない」

「えっ?」

「君は魔力が強くてわからないかもしれないけれど」

緊張から乾いた唇を舐め先を続ける。

「恐怖を感じるほどの魔力がユウリから出ている」

母の店を手伝っている普段からはかけ離れた魔力。

ここまで隠していたのなら。

「ユウリは隠蔽魔法を使っていたのか」

「それは何?」

「自身の魔力を他人が感じないように隠す技だよ」

「知らなかった」

この力を隠蔽魔法なしに今まで隠していたなんて。

「君は一体誰だい」

悲しい顔で口角だけ上げるユウリ。

何かを諦めたような気配がした。

このままではもう二度と会えない。

なぜか確信を持ってそう思った。

「ユウリごめんね」

本当なら規定に反する行為だが背に腹はかえられない。

左目に魔力を込める。

『占術鑑定一式(せんじゅつかんていいっしき)』

暗い瞳が黄金色に輝いた。

個人情報を一覧として覗き見する浅ましい能力。

この力が嫌いで魔力を必要としない騎士団に入ったのに。

相手の力量を覗くのに適した力だと言われ。

騎士団長にまで上り詰めた。

我が一族にはそぐわない力。

『性別:女。名前:マディア・クラック。

魔力型:闇。魂:言われなき罪にて死した戻りし者。

?:終わりに導く者』

「マディア・クラックは処刑されたはず…」

「どうしてその名を」

目を見開き後退るユウリ。

「冤罪で殺された魂ってどういうこと」

「そのままの意味だよ」

追い詰められた顔をしているのに気丈に振る舞う。

その姿を目の当たりにして。

父と母から聞いていた気持ちがわかった。

「愛おしい…」

「サルマ何か言った?」

「ユウリ。私と結婚を前提に付き合ってくれ」

「何言ってるの」

眉間に皺を寄せるユウリ。

「何度でも言おう。好きだ。付き合ってくれ」

「えっ急すぎて。ちょっと意味がわからない」

そんな雰囲気ではなかったよねと焦るユウリ。

慌てた彼女も可愛らしい。

己よりも強者に惹かれる種族に生まれ。

初めて勝てないと感じた目の前の小柄な少女を見つめる。

両親も出会った時はこんな気持ちだったのだろうか。

上級の魔物に触れることなく命を奪えるなど聞いたこともない。

一度死んだのに生き返ったなど理解の範疇を超えている。

ユウリを抱きしめたい気持ちを必死で落ち着かせた。

昂る感情に我を失いそうだ。

「父と母のようにこれからの人生を共に過ごそう!」

凛々しく求婚するサルマに及び腰のユウリ。

追いついた騎士団は兜を外し首を傾げる。

「何がどうなっているのか、わかる奴はいるか」

皆一様に首を横に振った。

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