第9話 蒼の森
ミラの酒場『コッコ』で働き出してから少し経った。
掃除と酒場の手伝い程度だが仕事にも慣れ。
評判も上々だ。
綺麗になってから柄の悪い客が減ったようだし。
店の治安が良くなったとミラは上機嫌。
アルトも調理場が使いやすくなったと喜んでいた。
首都トレリアは活気もあり客層も豊かだ。
国外からの来訪者も多く。
初心者から熟練者まで幅広い魔物が出現するため。
冒険者も各地から集まる。
酒場にたむろする荒々しい冒険者たちもいるが。
慣れてしまえば優しい奴らだ。
流れ者になった経緯を聞くものはいないし。
弱そうな男のユウリに無理をさせたり。
冒険者に誘う者も少ない。
愚痴や豆知識を話すのが好きな人から聞くのは楽しいし。
情報収集にも役立っている。
悪漢の腕の件も踏まえ力は強い可能性が高いので。
ミラや騎士団、冒険者の力を確認しないといけないが。
マディアの基礎教養の授業の中に剣術もあった。
ここにいることができなくなっても。
よりたくさん冒険者について聞いておけば。
顔を隠して冒険者になることはできそうだ。
酒場の常連たちはミラの店に来るだけあり。
彼女に似た明るい性格。
一本芯の通った正義感が持ち味の連中ばかり。
主に来店するミラとアルトの娘サルマ。
騎士団長の彼女は首都の治安維持を担当している。
最近眉間のしわが深く濃くなってきた気がしてつい声をかけた。
「サルマ大丈夫?」
「ユウリに心配かけるような顔になってるよバカ娘」
いつもならミラに食ってかかるのにサルマは小さな声で。
「森の調査に手間取ってね」
このところ寝られない日が続いているということだった。
上級の魔物が増えたとの報告が相次ぎ。
事態の収拾に奔走しているという。
マディアが生き返ったことが原因だったりするだろうか。
この体が魔物になっているのなら。
その魔力に引き寄せられる個体もいる可能性がある。
「また森に調査に行くんだ」
サルマはエールを呑みながら愚痴を言う。
騎士団は乾燥食糧しか携帯しておらず。
長期滞在ができない。
森の中に泊まることがままならないので調査が進まずにいる。
時間がかかれば被害が出る地域もあるので。
睡眠時間を削り森に出るのだそうだ。
「今度の調査には料理ができる人を連れて行きたい」
ミラとアルトに騎士団から依頼が出た。
しかしミラは流れの旅人のところへ買い出しの予定があり。
アルトは王宮に出張料理が決まっている。
そこで私に白羽の矢が立った。
「ユウリは非戦闘員なのに申し訳ない」
サルマは罪悪感に苛む表情だが。
騎士団員が戦う様をこの目で確認できるなんて。
こちらとしては願ったり叶ったりだ。
街からそう遠くない鬱蒼と生い茂る木々。
『蒼の森』
日の光が当たると青く輝く葉から名付けられた。
駆け出しの冒険者が狩りの練習をするために入る。
初心者の森。
食糧として有名な角の生えた兎や目の三つある猪。
危険度の高い大型や人型の魔物は出現しない。
そのはずの場所なのに。
大型の魔物の目撃情報が相次いでいる。
サルマが森に入ってすぐ辺りを見回す。
「なんだか変だ」
「どうしたんですか」
「静かすぎる。それにこの傷…」
木についた獣の爪の跡のような大きな切り傷。
「先日まではこんな傷なかった」
触ると黒い靄が舞った。
「濃い魔力の気配がする」
背後から草を掻き分ける音がして振り返ると。
見上げるほどの巨体を揺らし突進してくる腕が四つ生えた熊の姿。
振り上げた腕の風圧で倒れる騎士団の兵士たち。
「総員配置につけ!」
サルマの声に機敏に動く騎士団員。
躊躇せず襲い掛かる敵の一撃をさらりとかわし。
振り上げた剣が肩口に刺さる。
うめき声を上げる熊のような魔物。
「餌を求めて出てきたか」
とどめの一撃を刺そうと力を込めるサルマ。
勝敗はあっという間に着くと思われたが。
「団長!」
「どうしたダン」
「後ろに!」
振り返ると闘っている熊より体躯の良い三匹の熊がいた。
「一体ずつならまだしも…」
救援を呼ぶために走り去る兵士。
「万事休すか。こんなところに連れてきてすまなかったユウリ」
君だけでも先ほどの騎士と逃げろとサルマが微笑む。
この事態は私のせいかもしれないのにそれはできない。
騎士団と分断されるように逆方向へ避ける。
恐怖に怯えたような姿勢を見せ森の奥へと走ることにした。
ユウリを呼ぶサルマの声が森に響く。
「そっちは森の奥だ。行くな!」
騎士団から離れるようにしたがそろそろ大丈夫かな。
「待たせてごめんね」
唸り声を上げる三匹の熊に対峙する。
騎士団長のサルマの力を確認していたけれど。
おそらく蘇ったマディアの能力は桁違いだ。
『愛の終わり』で描かれていた能力。
魔物になったマディアの奥義。
一か八かその技を試してみよう。
迫り来る熊に右手をかざし囁く。
「黒百合葬送(くろゆりそうそう)」
黒煙が立ち込め視界を遮る。
風が吹くと黒い靄は一瞬で消えた。
そこに残されていたのは。
血色を失い目を白濁させた三匹の熊。
彼女がラスボスになる決定的な技。
『即死魔法』
やっぱりこの体はもう魔物なのかもしれない。
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