6.さあ行くか

 鍋やら簡易毛布やらを仕舞って、少し軽くなった荷物袋を肩にかけて出発だ。


「よし! これからリフェーリアの新しい人生の始まりだぞ」

「うん!」


 深緑色のシャツに身を包み、真っ白――というより“しろがね”色の毛を艶めかせたリフェーリアが元気に返事を寄越した。


 獣道に毛の生えたような隘路あいろを抜けて、街道を近場の村に向かって歩く。

 昼過ぎには村に着いて、昼飯を済ませてリフェーリアの服を買おうと思ったんだが……


「この服は脱がんっ! アタシが貰う!」


 頑として譲らなかったので本人に任せたら、古着と修繕の店で細身のひざ丈ズボンと縄の代わりのベルトを買って、更に――

 店のババアに、(俺のだった)シャツの前後左右にスリットのような切れ目を入れさせていた。


「よし! これで尻尾も自由になったし、機敏に動けるぞ」


 リフェーリアはクルクルと回転して、シャツ(だった物)とフサフサの尻尾をひらひらさせて喜びを表現している。

 確かに、シャツのワンピースだと脚の可動域も狭かったし、獣人は尻尾で高度にバランスを保つからな……


「買い物のついでだ、何か武器でも買ってやるか?」


 冒険者登録する町までの数日間の移動で、魔物に出会わない訳は無いし賊に遭わない保証はどこにもない。現にこの村に来るまで数体の魔物を倒してきたんだから、解決手段である武力は持っておくべきだ。


「アタシは素手で戦うから武器は要らない」


 素手!? ああ、鋭い爪もあるしな……それでも素手!


「――でも、アタシにも荷物袋を買ってくれ。ギグスだけに荷物は持たせたくない」

「そうか? よし、じゃあ奮発して、中身の簡易的な旅道具も買ってやる」


 簡易的というのは、必要最低限ってことだ。何も金をケチってるとかじゃねえ。自慢じゃねえが、金ならたんまり――つっても、大豪邸を買えるほどではないが、豪邸くらいは買える額を持っている。


 冒険の道具ってのは、武器・防具もひっくるめて自分で稼いだ金で買い揃えるモンだと、俺は思っている。

 ただ、リフェーリアはまだ冒険者じゃねえし無一文だから、最低限――それも安物を買ってやる。


「冒険者になったら、自分の稼いだ金で好きなモン買えよ?」

「うむっ! 任せろ!」


 何が『任せろ』なんだ?


 ついでにリフェーリアの手当てで使い切っちまった薬草や魔物除けを買う。……けど、さすがに洗髪剤の材料は売ってなかったから、途中で採取できりゃいいな。


 女(の子)連れだからと言って、宿に泊まったりはしない。今日から容赦なく野営だ。

 泣きごと言っても知らん!



 ――と思っていたが、ケロっと四日も野宿をこなしやがって、いよいよ目的の町・オバライトに着いちまった。

 道中、リフェーリアは自分の事は語らず、冒険者についてあれこれと俺に質問してくるばかりだった。


「なんでこの町で冒険者登録することを勧めたかっつーとだな、俺もここから始めたからさ。冒険者稼業をな」

「ギグスもここで?」

「そうだ。それに、この辺の魔物は駆け出しには丁度いい“弱さ”なんだ。油断すりゃあやられる、気ぃ引き締めてりゃあ対応できるってな具合だ」

「そうか? ここに来るまでの魔物は楽勝だったぞ」


 早くも勘違いして油断してやがるな、コイツ。


「馬鹿もんが! そりゃあ俺が、あとはトドメを刺すだけってお膳立てしてやったからだ。自分一人で、命まで賭かってくりゃ、まるで見え方が変わってくるぞ。冒険者になる前から油断すんな」


 頭にゲンコツをくれながら言ってやると、渋々納得したようだった。

 両脇に店が軒を連ね、道の真ん中に雑多な露店が並ぶ町のメインストリートを、獣人を含む様々な種族・職業の人間とすれ違いながら中心部に向けて歩いて行く。

 迷子になんねえように手を繋いでやると、どういうわけか急に大人しく俺の後をついてくるようになった。


「お! 見えてきた。あれが冒険者ギルドだ」

「本当か! どれどれ?」


 繋いだままの手でギルドを指してやる。

 実際には地下に訓練場があるんだが、外観は石組みの地上三階建てで、大きな入り口扉の上には盾を模した大看板が据えられている。

 その盾は四つに区分けされて、それぞれに剣と弓、薬草を表した草の束、魔石を表した石、素材を表した魔物の頭蓋骨が彫られている。


「おお、おおー! 凄い! なんだか分からないけど、興奮してきたぞ! ギグス。わぁ~」


 リフェーリアは、キラキラと瞳を輝かせてギルドを舐め回すように見ている。


「あれ? 出入りしている連中は、みんなゾロゾロと群れているな? どうしてだ?」

「あー、それはパーティーっつってな。何人かで組んで一緒に依頼を片付けて行くんだ。一人当りの分け前は減るが、安全性と確実性が格段に上がるから、大体の冒険者はパーティーを組むな」

「へぇー。……パーティーか」


 俺はずっとソロでやっていて、そっからいきなりクラン作ってだから、最初は苦労したな……。思い出すなぁ。

 リフェーリアはどんな仲間を作るんだろうな?


 俺の感慨は置いといて、希望に胸を躍らせているリフェーリアを中に連れて行く。

 ……運悪く、受付にスーがいやがった! 俺が十代後半の時に、当時新人だった彼女に告って振られた思い出が蘇る。

 それなりに歳を取ってるだろうに、若さを保ってやがる……胸も。


 そのスーにいじられながらも、なんとかリフェーリアの冒険者登録を済ませた。


「結婚する時は、呼んでねぇ~?」

「だから! そう言うんじゃねえって! 何遍言えば分かんだよ!」

「アハハ! 冗談冗談♪ でも、早く結婚しないとそのまんま死んじゃうわよ~」

「うるせえっ! 余計なお世話だ」


 リフェーリアは、最初はスーのいじりに顔を赤く染めていたが、俺と奴が言い合う内に機嫌が悪くなったのか、俺をグイグイと引っ張ってギルドを出た。


 今度は俺が手を引っ張られる形で町の広場にズンズンと進んで行く。

 湧き水を囲っただけの水場の外周に腰かけて、(コイツはどんな冒険者になるんだろうな)と、リフェーリアを見ていると、まだ機嫌が直ってねえのか荷物袋を抱えて俯いたままでいる。


 そんな彼女が、急に立ち上がって俺の前に仁王立ちで立ちはだかった。つっても、目線は座ったまんまの俺と同じ高さだけどな……


 そして、ビシィッと俺を指差して――


「決めたぞギグスッ! アタシはお前とパーティーを組む!」

「はあ?」

「もちろんリーダーはアタシだっ!」


「…………えええーーっ!?」


 ◆◆◆


 後年、この二人が凄まじい輝きを放つ冒険者ペアとして活躍することになるが、それはまた別のお話……


 END.

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勇退という体で冒険者クランを追い出されたおっさんは、邪神に使い捨てられた狼っ娘(元神獣)の人生を素敵なモノに上書きしてあげたい。~とりあえず水浴びしてこよっか?~ 柳生潤兵衛 @yagyuujunbee

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