第17話 (12) 迂闊な言葉

 ニアの許可も得ずに自分の部屋に連れ込んだわけだけど、嫌な顔もせずに、でも遠慮がちに部屋の入り口に佇んでいた。


 思えば、私の部屋にニアが入るのは初めてだ。


 部屋に置いてある物を見て、何を思うのかな……


「座って、ニア。少しだけ話を聞いてもらいたくて」


「うん」


 ニアは嫌な顔も見せずに、ニコリと笑ってくれた。


 テーブルの前に置かれた一人掛けのソファーをニアに勧めると、私は学習用の椅子を移動させて向かい合って座った。


「ドレス、貸してくれてありがとう。お母様の用意したドレスは派手で、魔法使いが集うところには似つかわしくないって思ったの。一人だけ浮いた存在にならなくてすんでよかった」


「ううん。私のドレスでよかったら。宮廷魔法士のローブは濃紺だったよね。同じ色なら、目立たないね」


 いい子だなぁ、ニアは。


 ドレスで嫌な思いをしたばかりなのに。


「お城でね、ジャン=バティスト・デュゲっていうすごい魔法使いに会ったの」


 それを言った時のニアの表情を窺ったけど、特に変化はなかった。


 興味深そうに、私の顔を見つめているだけだった。


「宮廷魔法士って、危ないことをするの?」


「うーん、どうなのかな。しばらくは、私も魔法を覚えたてで自由に扱えるわけじゃないから、デュゲ先生から色々と教わることになると思う」


 ニアにこんな話をするのも変な感じだけど。


「エリアナが、心配」


「ありがとう。私は大丈夫よ」


 だって、ニアが通った道なのだから、怖いとか不安とか言ってはいられない。


「貴族学園に通う先輩もいるから、安心している部分もあるの。でも、勉強が遅れないように頑張らなくちゃ」


「試験の時はお手伝いするよ。私に協力できることがあったら、言ってね」


「ありがとう。それでね、協力とかじゃないのだけど」


 そこで、コンコンと扉がノックされた。


「エリアナ。お茶とお菓子を用意したわ。ニアも一緒にいらっしゃい」


 お母様がわざわざ私達を呼びに来たようだった。


 それなら先におやつを食べようかと、ニアと一緒に移動してティータイムとなったのだけど、お母様が一方的に喋るものだから、ニアとはその後はあまり話すことはできなかった。


 やっぱり、私達の母親をどうにかしないと、これから先もいろんなことが上手くいかない気がする。


 どうしたものかと、それにも頭を悩ませていた。


 宮廷魔法士になったと言っても、変わらず私は翌日も学園に通っていた。


 二周目となる授業内容なのに、忘れていることが多くて、試験で楽はできそうになかった。


 前回の時はたいして勉強していなかったのだから、それもそうだ。


 お昼は今度こそニアと一緒に食堂に行きたいなって思って隣のクラスに行くと、また何処かへ行ったようだと教えられた。


 朝のうちに約束を取り付けなかったことを後悔して、色々あってブリジットとの約束も伝えられていなかったと、ニアの姿を探しながら思っていた時にそれを見かけた。


 昼休み、校舎の片隅でニアが男子生徒から手紙を受け取っている光景を見た。


 ニアはオスカー以外の男性とも接点があったんだって、その時に初めて知った。


 意外だと思うけど、きっと、ニアのオスカーに対する想いはこの頃から揺らぎないのだろうから、あの男子生徒には諦めなさいと心の中で告げた。


 ニアからオスカーとのことをゆっくり聞いてみたいなぁ。


 でも、家でニアと二人で過ごそうとすると、必ずと言っていいほどお母様に邪魔される。


 ニアが男子生徒と話し終えるのを待って、一人になったところで声をかけた。


「ニア。お昼を一緒に食べよう」


 ニアは私の姿を認めると、微笑み返してくれた。


「わざわざ探しに来てくれたの?うん。でもその前に、これ、手紙を預かったの」


「私に?」


 ニアが差し出した封筒を見た。


 さっき、ニアが男子生徒から受け取っていたものだ。


「本当はエリアナに直接渡したかったそうだけど、気後れしてしまったって。さっきの人は、一つ上の先輩で、委員会が同じなの。だから、私からエリアナに手紙を渡して欲しいって頼まれて。エリアナ、たくさんの人から人気があるから」


 異性から手紙を渡されても、心を動かされるものなんかない。


 そう言えば、私、誰かに恋したことなんかない。


 政略結婚が当然のことだと思っていたから、条件の良い人がいればと漠然と思って、それでなんとなく生きていた。


 お互いを想い合える人と巡り会えて、そこはニアが羨ましい。


 二人が一緒になれるためにと、お互いが努力していた姿は、どれだけすごいことなのか。


 私は今回は誰かに恋したり、誰かを好きになったりってできるのかな。


 それを成就させることができるのかな。


「すごいね、エリアナは。たくさんの人から好かれているよ」


 そう言いながら、ニアが再び微笑んでくれた。


 それは、純粋に喜んでくれているものだ。


 ニアの微笑んでいる姿こそ可愛いのに。


「私はそんなことは……ニアこそ………」


 唯一の人から想われるって、どんな感じなのかな。


 オスカーとは今どうなんだろうって思って、できれば早いうちに二人が婚約できれば、うちの借金問題にニアが利用されることはないのに。


「オスカーって、素敵な人よね」


 彼は、きっともうこの時からニアしか見ていなかったんじゃないかな。


 前の時では、本当に気付いていなかった。


 だから、ニアにピッタリな人よ。と言おうとしてニアの方を向くと、顔をこわばらせて、唇を震わせて私のことを見ていた。


 え、待って、なんでニアはこんなに泣きそうな顔になっているの?


「ニ……」


「ニア」


 私達の間に低い声が割り込んで、そっちを見ると、オスカーの姿があった。


 私がいる場所でこんな風にニアに話しかけてくるのは、初めてのことだ。


 ニアが男子生徒に呼び出されたことを聞いたのかもしれない。


 そして、今まで見せたことがないような態度を私に示した。


 牽制するようにニアと私の間に立ったかと思うと、感情むき出しの蔑むような視線を、隠しもしないで私に向けている。


「エリアナ。君はここで何をしていたんだ」


「お昼を……ニアと一緒に食べようと思って……誘いに……」


「じゃあ、何故ニアがこんなにも泣きそうになっているんだ」


「それは……」


「オスカー、違うの。エリアナとは関係ないことで、ちょっと心配することがあっただけだから」


 ニアの言葉に、オスカーは態度を和らげる。


「ごめん、エリアナ。少しだけオスカーと話したら、食堂に行くね。先に行ってもらっててもいい?」


「うん……」


 後髪を引かれる思いだったけど、ニアの言った通りに、その場に二人を残して先に食堂に向かった。


 ニアは、それから十分ほどして食堂に姿を見せた。


 私の所に来たニアは、何もなかったかのように普通に接してくれていた。


 だからもう波風を立てるのは嫌だと、私の迂闊な言葉でニアを不安にさせたんだって、どこかで思っててもそのままにしてたのがいけなかった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る