第16話 (11) 恨み言とこれから

 宮廷魔法士に任命?されたわけだけど、随分とあっさりとしたものだった。


 もっと適正試験とか、そんなものがあるのだと思っていたのに。


 でも、第二王子が推薦すると言ったのなら、簡単に

 宮廷魔法士になれたのも納得できるし、時間を戻してしまったことを考えると、ジャン=バティストも私を放置したくなかった……と思うのは考えすぎかな。


「おめでとうございます」


 それを私に言ったのはレアンドルだったけど、随分と心のこもっていない言葉だった。


「えっと……貴方が怒っている理由はわからないけど、勝手に自分の都合で時間を戻してしまってごめんなさい」


「いくら謝られても、僕は貴女のことを恨みます」


 こっちを見ようとはしないくらい恨みを抱いていても、家の爵位も年齢も上である彼は丁寧に敬語で話すようだ。


「僕は戦場で、あと少しのところで死ねたのに、貴女が時間が戻ることを願ったせいで、それが叶わなかった。貴女のせいで僕は、無意味なこの時間を二度も繰り返さなければならない」


「君も人生をやり直してみるといい」


 ジャン=バティストの笑いを含んだ声が、レアンドルの恨みが込められた言葉に被せられる。


「すでに手遅れのこの時点で何をやり直せと仰るのですか」


 なんだか、レアンドルの闇が深そうだということだけはわかった。


 彼は、今は端正な顔を窓の外に向けている。


 遠くを見つめるその横顔は穏やかなものだ。


 元々は荒事を好まない性格なのではないかと思えるけど、なにぶん言った通りに私を恨んでいるのだから、しばらく仲良くなれそうにはない。


「同僚として貴女のことはサポートしますが、僕に必要以上に関わろうとする必要はありませんので」


 付け加えられた言葉で、詮索や深入りすることは牽制された。


 私は私でニアとの関係を改善しなければならないのだから、確かに今はレアンドルの事情に構っている場合じゃない。


 ほんの少しだけ申し訳ないとは思うけど……


「えっと……この先、また戦争は起きる……起きるのですか?」


 ジャン=バティストに尋ねた。


「それはそうだろうね」


 自分も宮廷魔法士として戦場にいくことになるのか、それが気になって聞いたことだった。


「戦争を止められないの?」


 この先何が起きるのかわかっていれば止められるのではと期待したけど、そうではないらしい。


「努力はします。でも、僕達には無理ですよ」


 レアンドルもジャン=バティストに同意した。


「今、この瞬間にもどこかで何かが起きているのに。国境沿いでは絶え間なく小競り合いが起きている。それが、いつかは大規模な戦闘に発展するのでしょう。戦争をやりたがる人は確かに存在しています」


「ちなみに、誰かを殺せば戦争は起きないわけではないからな。君は過去を変えたくて時間を戻したのかもしれないが、歴史のうねりはそうそう変えられない。まぁ、戦争は必ず起きるだろう」


 ジャン=バティストは言い切った。


「問題は、いつ、どのタイミングで、どこで起きるかだ」


 学園を卒業する前に、ニアは戦場へ向かった。


 その頃には、何処かで酷い戦闘が行われていた。


「不安かい?自分が戦場に行かなければならなくなるのではと」


「それは……はい…………」


 でもニアは、怖くても戦場に希望を求めなければならなかった。


「まぁ、この先何が起ころうとも、自分の身くらいは守れるように私が鍛えてあげよう。学園からの帰りと休みの日はここに来るといい。イレール王子が君の送迎は請け負うと言っていたよ。ふふっ。至れり尽くせりというわけだ。何か他に聞きたいことはあるかい?」


「今は……ちょっと自分でも考えたくて……」


「うんうん。しっかりと悩みたまえ、若人よ」


 そう言うジャン=バティストは何歳なのか。


 イマイチ年齢がわかりにくい外見をしている。


 おそろしく美人であるのは違いないのだけど。


「馬車が待機している場所までお送りします。貴女の騎士も待っていることでしょうから」


 どうぞと、レアンドルが扉を開けてくれた。


「宮廷魔法士についての質問は僕もお答えしますので、疑問に思ったことはどうぞお尋ねください」


「ありがとう」


 レアンドルの前を通り過ぎて廊下に出ると、アレックスが待ってくれていた。


「ごめんなさい。長い時間待たせてしまったね」


「いえ。これが俺の仕事なので」


 レアンドルを先頭に私が歩き出すと、アレックスも特に何も言わずに黙って後ろをついて来た。


 これから私は、学校が終わった後の二時間と、休みの日は城でジャン=バティスト……デュゲ先生から教えを受けることになる。


 家に帰ると、どっと疲れが出た。


「おかえりなさい、エリアナ」


 ニアが玄関ホールまで出迎えに来てくれて、その顔を見るとホッとする。


 心配そうに私を見てくれていて、ニアの存在がどれだけ尊いものか身に沁みる。


 一緒にお茶でも飲みたいなって思っていたのに、そこで邪魔が入った。


「まぁまぁ、エリアナ!どうだった?第二王子殿下とはお会いできた?」


 お母様が、ニアを押しのけて私の前に立った。


「いいえ、お母様。今日は殿下とはお会いしていないの」


「残念ねぇ。名誉もいいけど、貴女には良い人と結婚してもらいたいもの。あら、邪魔よ、ニア。エリアナは疲れているのだから、貴女はさっさと部屋に戻りなさい」

 

 お母様が随分と冷たい言葉をニアに向けているから、私の方が怒りたくなった。


「お母様、私はニアと話したいの。だから、しばらく二人だけにして」


 そう告げると、ニアの手を握って自分の部屋に向かった。





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