第18話 (13) 戒めから光明
小さなヒビ割れを数日放置した結果、嵐が吹き荒れてガラスを粉々にしかけてしまったのは、デュゲ先生のところから家に帰った時だった。
「聞いたわ、エリアナ。貴女、オスカーから交際を申し込まれたそうね」
いきなり母親から言われたことに、冷水を浴びせられた気持ちだった。
出迎えのために一緒に玄関ホールに来ていたニアの方を見ると、泣きそうな顔で私を見ていた。
「それって、貴女と親密になりたいってことでしょ?伯爵家だから、家格はちょっと見劣りするけど、お金持ちなのはいいことだわ。さっそく、婚約できるように取り計らうわ」
「待って!!待って!!勝手に話を決めないで!私はオスカーから交際を申し込まれてなんかいないから!別の男子学生のことよ!」
今にもそこら中に触れ回ってしまいそうな母親を、全力で制した。
「あら、そうなの?貴女、手紙をもらったって。残念……やっと貴女に素敵な男性が現れたと思ったのに」
無神経な母親の態度にイライラさせられても、とにかくニアに誤解されないようにしなければと、それしか頭になかった。
「どこからそんなデタラメ聞いたのよ!違うから。本当に違うから。余計なことしないで。私、まだ13歳なんだから!」
「13歳で婚約者がいないのは遅いくらいよ。うちは侯爵家なのに、どうして条件の良い縁談がこないのかしら」
それは確実に母と、私達の生まれた経緯に問題があるからよ!とはニアの手前、言葉にはできなかった。
ニアはそっと踵を返して部屋に戻ろうとしたから、慌てて追いかけた。
「ニア、待って」
声をかけた途端に、ニアはそれを振り切るように、部屋へと走っていった。
廊下の真ん中で、ポツンと一人残される。
どうして上手くいかないのか。
自分は器用に生きていたのだと思っていたのに。
原因は今までの私なのだから、たった数日、数ヶ月で状況が良くなるはずがない。
やるせない思いに埋め尽くされて、トボトボと部屋に戻った。
またニアを傷付けてしまって、誤解はすぐにオスカーによって解かれるだろうけど、こんなことが繰り返されたらニアはいつまでたっても穏やかには過ごせない。
どうすればいいのかと、私の方が泣きそうになっていると、光明は意外にもすぐそばで見えていたものだった。
自分の部屋に戒めとして置かれていたおばあ様の物を見て、思いついたことがあった。
もうすぐ長期休暇に入るから、ニアはずっと家にいなければならなくなる。
それは心配で不安なことだと思っていたことでもあった。
私は魔法の訓練で城に行くから外出できるけど、ニアはそれもままならない。
ルーファス兄さんは休暇中もずっと学園の寮で過ごすから、家には寄り付かない。
兄さんはこの休暇中に誕生日を迎えるから、ニアと二人でお祝いできたらいいけど……ということも思いながら、机の中から封筒と便箋を取り出した。
前の時間で、おばあ様は私達が15歳になる頃に亡くなった。
後もう少しだけ生きていてくれたら、ニアの結婚に協力してくれたはずだと、今なら思う。
私は厳しくて苦手だったけど、母達がニアに向けるような理不尽なものではないし、ニアはおばあ様のことが大好きだ。
ニアは行動が制限されているから、書いた手紙も中身をチェックされるけど、私なら大丈夫だ。
こんな所にもニアに対して酷いことをしていたのだと、今さらながらに知った。
それと多分、私は知恵が回らないだろうからと、両親に警戒されていなかったのだと思う。
確かに今まで、何も考えずに生きていた。
“お母様がニアに酷いことばかりします。私も反省しています。どうか、ニアと私をおばあ様の家で過ごせるようにしてください。家と両親から離れたいと考えています”
長期休暇までに間に合えばいいけど。
祈るように書いたその手紙をすぐに出した。
それから数日。
おばあ様に手紙が届いた頃かなとそわそわしながらも、ニアとはあまり話せなくて落ち込む時間を過ごして、さらに数日が経って、やきもきしていた私を驚かせたことがあった。
結果的に、私が出した手紙に対するおばあ様からの返信はなかった。
代わりに、おばあ様本人が侯爵家の王都にある屋敷を訪れていた。
それは何の先触れも無い突然の訪問で、お母様を酷く狼狽させたのを、いい気味だと思っていたのは私一人だけの秘密だ。
玄関ホールに堂々とした佇まいで登場したおばあ様は、お母様に厳しい視線を向けて言い放った。
「孫達の緊急事態のようで、老体に鞭を打って来ました。貴女がここまで救いようの無い女だったとは。血の繋がらない義理の息子を冷遇するどころか、実の娘に、しかも双子なのに差別するだなんて、ニアがこんな目に遭っていたとは、エリアナが教えてくれるまで知りませんでした」
おばあ様の登場に、ニアが嬉しそうにしていた姿が何よりも印象深かった。
私は間違っていなかったんだって、思わせてくれて。
領地の別荘で静養されていたおばあ様が、わざわざお越しになったのには驚いた。
まだまだ見た目はお若いけど、心臓が悪いと聞いたことがある。
「パトリスは不在のようね」
鋭い視線が母に向けられると、コクコクと頷いて答えることしかできないようだった。
「息子が帰ってきてからもう一度話しますが、ニアとエリアナはうちで預かります。もう、この家には帰しません。それから、私の手元にある財産は全てルーファスに直接渡るようにします。異論は認めません。文句があるのなら、今すぐにディエム家への支援は打ち切ります。貴女、また勝手によそでお金を借りてきたようね。危うく見落としてしまうところでしたよ。そちらの返済は自力でどうにかするように。ニア。エリアナ。今日から貴女達はうちで預かります。いいですね?」
「はい!はい!よろしくお願いします!」
急な展開に戸惑って声を出せないでいるニアの手をしっかりと握って、私が二人分返事をした。
私が少し行動に移すだけで、こんなにも状況が変わるだなんて。
「では、入寮手続きに向かいます。二人とも、ついていらっしゃい」
「行こう、ニア」
「う、うん」
おばあ様がスタスタとしっかりとした足取りで馬車へと向かったから、私もニアの手を引いて急いで後を追った。
チラッと後ろを振り返って見た母は、今すぐにでもへたり込んでしまいそうなほどに憔悴しきっていた。
おばあ様の登場から終始言葉を失っていて、母から見れば、金蔓に差し出す生贄が奪われた瞬間ではあるはずだ。
ニアの腕を抱きしめるようにしっかりと掴むと、あんな人達に二度と大切なニアが利用されないんだって、胸の中にすごく爽快な気持ちが広がっていた。
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