第14話 (9) 王子の訪問

 学園で起きた落水事故から数日後。


 言った通りに、お詫びの品を持った王子が侯爵家を訪れたものだから、両親は大喜びだった。


 ルーファスとイレール王子は同じクラスだそうだけど、その辺りで家族関係なんかが知られたりしているのかな。


 だったら今、イレールは白けた思いで私の母を見ているのではないかな。


 なんだか恥ずかしくなってきた。


 困った母親だと思ったことはあっても、今までこんな感情を抱いたことはなかったのに。


 侯爵家を訪れた王子殿下御一行は、応接間に案内されて、そこで私達と向かい合って座っていた。


「ディエム嬢。改めてお詫びする。貴女に怖い思いをさせて申し訳なかった」


 イレールから、丁寧な謝罪の言葉をかけられた。


「私はこの通り大丈夫だったので、もう気にしないでください」


「体調を悪くしたりはしなかったかい?」


「はい」


「それならよかった」


 イレールは、安心したように私に微笑んできた。


 前の時も今回も、第二王子イレールとは直接関わったことがあまりなかったけど、今のところは良い印象しかない。


 これで、もう湖での事故の件はおしまいとなるはず。


 母が贈り物にチラチラと視線を向けているのが何だか嫌だけど、特に咎めたりせずに私はイレールに意識を向けていた。


「この場を借りてディエム嬢に伝えたいことあるのだけど、いいかな?」


「はい」


 イレールは、テーブルに封筒を置いた。


「君を宮廷魔法士へと推薦したいと思っている。これは招待状で、一度城に来てほしい」


「宮廷魔法士?」


 それは時が戻る前にニアが担っていたものだから、まさか自分までそうなるとは考えてもみなかった。


「魔法使いは貴重な人材だ。保護の意味もこめて、貴女を宮廷魔法士として城に招きたい。国は、魔法使いを保護する義務もある」


「まぁ!なんて名誉なことなの!」


 私が返事をする前に、お母様は喜色の声をあげた。


 大げさに胸の前で手を組んで、目を輝かせてイレールを見ている。


 ちょっと黙っていてほしいと思っていた。


「謝罪に来た場で、こんなことを突然伝えられても戸惑うと思う。ディエム嬢、もし決められないようなら、話だけでも聞いてみないかな。彼からもお願いしたいようなんだ」


 イレールが視線を向けた彼とは、他の護衛と一緒に扉の前で控えていた、レアンドルのことだ。


 今日は、濃紺の上質なローブを身に付けていた。


 羽を広げた鳥の形をした銀細工のブローチで前を留めている。


 その姿は宮廷魔法士の証でもあるのだと、私でも知っている。


「宮廷魔法士、第四位のレアンドル・ベラクールです」


 イレールに促されて、レアンドルが自己紹介した。


 第四位は、階級のことかな。


 そこは詳しくない。


「まぁ!ベラクール公爵家の御子息ね。立ったままでなくて、お座りになって」


 レアンドルの話を途中で遮ったお母様には呆れてしまうけど、イレールもレアンドルもそこで特に表情を動かすことはなかった。


 だから、黙ってそのままレアンドルの話を聞いた。


「第一位、筆頭魔法士のジャン=バティスト・デュゲがディエム嬢との面会を希望していました」


「まぁ!あの高名な魔法使い様ね。是非お会いするべきよ、エリアナ。貴女は認められたってことなのよ。そうでしょ?」


 お母様はいちいち発言も大げさでうるさい。


 レアンドルは、今は睨むことなく穏やかな顔つきで話をしている。


 ただし、私とは視線を合わせようとはしていない。


「ディエム嬢、どうかな。一度、城に来てからデュゲと話してみては。侯爵令嬢である君が魔力を覚醒させたことについて、今後のことを相談してほしい」


 ジャン=バティスト・デュゲがどんな人かは知らない。


 以前のニアの同僚だったりするのかな。


 もしかしたらレアンドルとニアも、以前の時の中では知り合いだったのかもしれない。


「王子殿下がそう仰るのなら、謹んで登城します」


 だから、デュゲに会ってみたいという好奇心はあった。


「ありがとう。当日は城から迎えを寄越すから。それと、城内の案内はレアンドルが担当するから、安心して」


 いや、明らかに好意的ではない人物と一緒だなんて、どこで安心すればいいのか。


 ましてや相手が魔法使いなら、知らないうちに闇に葬られたり……しないよね?


 レアンドルの恨みを買った覚えがないから、余計に何かされないか不安だった。


 もしかしたら、知らないうちに何かをやらかしていたのかもしれない。


 自分が信用できないから、怖い。


「任せれたことは責任を持って遂行しますので、ご安心を」


 レアンドル自身からそう言われれば、


「よろしくお願いします…………」


 返す言葉はそれしかなかった。


「では、今日のところはこれで失礼するよ。ディエム嬢。また、城で会おう」


「はい」


 イレールは、最後にもう一度私に微笑むと、立ち上がった。


 護衛の人達と共に帰っていくイレールとレアンドルを、外に出て見送った。


 その姿が見えなくなって、やれやれと思いながら家に入ろうとすると、お母様が私の両肩を掴んで言った。


「すごいわ、エリアナ!第二王子殿下には婚約者がいないのよ!これをきっかけにお近付きになれれば」


 目をギラギラさせて言ったその言葉にはうんざりした。


 それどころじゃないのに、お母様はいったい何を期待しているのか。


「ごめんなさい、お母様。ちょっとこれからのことを整理したいから、部屋に戻るわ」


「あ、あら。そう?それじゃあ、また夕食の時にでも話しましょ。王子殿下には失礼のないようにしなくちゃ。お城に行く時のためのドレスも大急ぎで用意して」


「いらないから!新しいドレスなんか必要ないから!」


 これ以上、余計なところにお金を使わないでほしい。


 そう言えばうちの借金についても調べる必要があるのかと、頭が痛くなることが山積みとなって、減ることはないようだった。



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