第13話 (8) 兄妹
ずぶ濡れの私は、イレール王子とレアンドルに付き添われて医務室に向かうと、そこで常勤の看護士に引き渡された。
二人は、教師に報告してから人を呼んでくるからその間に着替えておいてほしいと私に言って、退室していった。
イレール王子もレアンドルも濡れていたから、そちらもどこかで着替えてほしいものだけど、とりあえずは言われた通りに自分のことを優先した。
いつまでも侯爵家の娘があり得ない格好でいるわけにもいかない。
医務室には制服の予備が置かれていたから、それを借りて着替えを済ませた。
ちょうど着替え終わったタイミングで医務室のドアがノックされると、入室してきたのはニアだった。
私の姿を認めるなり不安そうな表情になって、動揺のためか視線が揺れていた。
「大丈夫?エリアナ」
さっき起きた出来事を聞いたのか、心配そうに声をかけてくれながら駆け寄ってくると、椅子に座る私の髪をタオルで拭き始めた。
私のことを避けていたはずなのに、もう怒ってはいないのかな。
というか、ニアは怒っていたわけじゃなくて、ただ悲しんでいただけだと思うのは、私に都合の良すぎる解釈なのかな。
「ありがとう、ニア。心配させたね。ちょっと濡れただけだから、私は大丈夫よ」
「うん……話はきいたよ……魔法が使えるだなんて、さすがエリアナだねって言ってあげたいけど、エリアナが水の中に落ちたと聞いた時は怖くて仕方がなかったから、今はおめでとうって言ってあげられそうにない。ごめんね…………」
ニアが、しゅんと落ち込んでいた。
「そんなことは……」
嫌な思いをさせた後で、こんな私のことを気にしてくれるだけでもありがたいのに、本来なら、ニアの方が魔法を使えるようになって賞賛を受けるはずだった。
また、ニアの何かを奪ってしまったのではないかと、私の方こそ申し訳なくなる。
だから、ニアの方こそと言ってあげたいのに、それを上手く説明できそうにない。
なんとなく、お互いの間に気まずい空気が広がって無言になっていた。
でも、ニアが私の髪を拭いてくれる手つきは優しくて、私はまだ心底嫌われているわけではないのだと思えて、それだけは救いだった。
「エリアナ。ニア」
無言のままだった私達二人に声をかけてきた人物を見ると、開けられたままのドアの所に長兄の姿があった。
「お兄ちゃん」
「ルーファス兄さん」
ルーファス兄さんも、医務室まで様子を見に来てくれたようだった。
その姿を久しぶりに見ることになって、私達の誕生日パーティーの時ですら家に帰って来なかったルーファスが、ここにいるのは本当に驚きだ。
時間が戻る前も何年も会っていなかった気がするから、どれだけぶりにその姿を見るのか。
今は15歳、もうすぐ16歳になるのかな?
私達のそばにやって来たルーファスは、ニアと二人並ぶと背が高いことを除けばそっくりで、そう言えば二人とも穏やかで優しい性格をしているから、改めて思うと私だけ異質に見えた。
「王子殿下から話は聞いた。馬車の手配をしてきたから、今日はもう二人とも帰るんだ。早退の旨はそれぞれの担任に伝えている。ニア、任せても大丈夫か?」
「はい。お兄ちゃん」
兄はイレール王子とは同じ学年だ。
私とはほとんど交流が無い兄が、こんな時だけ呼び出されることになって、いい迷惑だと思われても仕方がない。
「あの、ルーファス兄さん。迷惑をかけてごめんなさい」
それを伝えると、意外そうな顔で私を見た。
「いや、殿下からは詳細を聞いているし、謝罪の言葉も受けた。エリアナには一切の非はないのだから、謝る必要はない」
今回のことは私に非は無くても、それ以外でルーファスには謝らなければならないことはある。
母が兄に何をしてきたのかを思えば。
ルーファスが自分の家に帰ることができないのは、私達の母親が原因なのだから。
今まで、それは私には関係無いと思っていたけど、父はルーファスの母親が存命中の時から私達の母親と関係を持っていた。
ディエム侯爵は不貞行為を犯していたわけで、ルーファスの母親が病死した一ヶ月後には、三歳になっていた私達双子と母を侯爵家に迎え入れることになった。
その後、幼い兄に母が何をしたのか。
私が直接何かを見たことはなかったけど、家族が揃う席に兄の食事だけが準備されていなかったことを思い出してしまえば、もう、それだけで充分なことだった。
ずっと、二十年間、ルーファスが受けた苦しみを知ろうともしないで、侯爵家の問題を一人でかかえさせて。
「エリアナ、大丈夫か?顔色が悪い。体が冷えているだろうし、初めて使った魔法が負担になっているんだろ。何日か休んだ方がいいかもしれないな」
どうしてこの人は、虐げてきた女の娘に気遣いを向けることができるのか。
「エリアナ。これ、お白湯。飲んだ方がいいよ」
湯気が昇るコップをニアが差し出してくれる。
二人の優しさが私には不相応すぎて、鼻の奥がツーンと痛くなった。
「ありがとう、ニア。ルーファス兄さん」
変なタイミングで泣いてしまわないようにと、下を向いた状態でしか、その言葉を伝えることができなかった。
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