第6話 迷い


「美夜、落ち着いて。ゆっくり深呼吸をするんだ」


「うるさい。ほっといてよ」


「大丈夫だから。ここには君を傷つける人なんかいない」


「黙って!」


「ぐっ……」


「あっ……その……ごめんな、さい。ほんとに…ごめんなさい……」


 私は目を覚ました。


「またあの日の夢を見ていたのね」


 あれから1週間。

 私はずっと部屋に篭りっきりになり、咲弥も何も言ってこない。

 自分でも大人気ないと分かっている。だけど、


ーー怖い


 あの日、咲弥の頬から流れていた赤い血。

 私の手に付着していたものと同じ血。

 私の手で傷つけてしまった。


「ねぇ、どうしたらいいのかな」


 窓から見える月を見上げて、自問自答を繰り返している。 



「美夜、何をしているの!」


 不意に背後から声を掛けられた。

 その声は女性のもので、ここ最近忘れかけていた声だった。


「な、なんで……ここにいるの」

「何を言っているの? 早く準備しなさい」


 振り返ると、人間で、私よりも2,3歳ほど年上である先輩の女性が立っていた。

 気付けば、私がうずくまっている所もベッドではなくなっていて、建物の屋上に身を隠すように屈んでいた。


「えっ……どうして……」


 戸惑う私。

 その時、私の右頬を何かが掠める。


「ねぇ、しっかりして」


 顔を上げると、目の前に立っている女性がハンドガンを構えていた。ハンドガンからは、硝煙が上がっていて地上には1つの空薬莢が転がっている。


「ご、ごめんなさい。私……」

「はー、まぁいいわ。始めるわよ」


 大きくため息をついた女性は、ハンドガンを構え直す。

 私も急いで懐からハンドガンを出す。


「いい。あなたのターゲットはあいつらよ。私は下の階を処理するから」


 そう言って屋上から見下ろす建物の中には、茶色い帽子を被った男とその他の男たちが何やら話し込んでいる。


「皆殺せばいいの?」

「えぇ、1人残らず。逃してはだめよ」

「分かったわ」


 仕事内容を確認すると、女性と別れて建物内に入る。

 静かに移動し、ターゲットのいる部屋のすぐ隣へと足を進めると、ハンドガンを構えて一呼吸おき、突入した。


「おい、だれd……」


 相手が反応する前に射殺していく。

 サプレッサーが付いたハンドガンは、小音で弾丸を放ち、相手の息の根を確実に止める。

 

「……クリア」


 室内にいたすべてのターゲットが片付くと、さっきの女性の援護をしに、更に下の階へと向かう。

 下の階は、沢山の弾痕が空いていて、激戦が伺えた。


「先輩……どこですか」


 私は小さな声で先輩の女性を呼びつつ、警戒しながら奥へと進む。

 そして、血に染まり横たわる彼女と茶色い帽子の男が立っている。


「おや、上の連中は負けたのか」


 帽子の男は、ニヤリと笑いながら言った。


「お前もすぐに殺してやる」

「いい威勢だ。しかし、注意力が足りない」


 私を見つめる男……背後から何やら気配を感じ、身を捻って避け、そのまま後ろから迫っていた男を排除し、帽子の男の右肩にも弾丸を打ち込んだ。


「ほう、遺伝子改変種だったか。いい反射神経、だな」


 男が倒れ込む。

 私は躊躇なく帽子の男にとどめを刺し、先輩の女性に駆け寄る。

 彼女はすでに息をしていない。

 抱き上げた私の手には、真っ赤な血が染まっている。


ーー美味しそうだな


 不意に強い食欲が湧き上がる。


「わ、私は……どうして……」


 あまりにも突然の感情。

 呼吸が上がる。


「……大丈夫、私は人間よ」


 自分に言い聞かせるように呟く。

 さっきから同じ質問を自分に投げかけては、否定する。

 そして、ついに私は、自分自身が何者か分からなくなり発狂した。




 ここ最近見慣れた天井、あの頃と比べると圧倒的に柔らかい布団。

 どうやら夢だったようだ。


「ほんと、どうしてまだ夢を見るの……」


 自分の両手を見下ろすと、微かに血飛沫で汚れているように見えた。

 そんな幻覚を拳を握りしめて誤魔化すと、ポロポロと涙が溢れてくる。


 窓の外はまだ暗く、虫一匹の声すら聞こえないことが、余計に私を寂しくさせてくる。

 私は膝を抱え込むと、静かに呟く。


「……ねぇ、咲弥……私は誰なの」

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明日のキミに「しあわせ」を S.Akatsuki @Akatsuki_zis

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