第6話 逃げた侯爵令嬢(ヴェルナー)
何かがおかしいと感じていた。
アイリーン・ベル・フェルゴール侯爵令嬢は銀髪巻毛で翡翠の瞳を持ち大変な美人でプライドが高く取り巻き達を従えて周囲を牽制していた令嬢で庶民の僕は近寄れない存在であった。
王子殿下の婚約者であることは周知で事実媚を売っているところを見かけたこともある。だから彼女が僕などを好きだと言うのはおかしい。シャーリィさんは王子殿下に好かれているらしく庇われていたが前に僕が絵を描いてるとこを見られて褒めてくれ好感が持てた。
シャーリィさんも庶民だし気楽に話せた。ちょっと可愛いしね。
でも…あの日、僕が気分が悪くて医務室で寝ていたらアイリーン侯爵令嬢が入ってきて…それから話が変な風に向かった。いきなり好きだとか言われるし!
薬を作って治すとか言うしそのうちにシャーリィさんも入ってきて参加して二人して睨み合っていた。
そうかと思うと次の日からパッたり姿の見えなくなったアイリーン様。
噂ではやはり家に監禁されているらしく従者の人は学園に来ていたけどシャーリィさんと仲良く話しているのを見たし、シャーリィさんは王子殿下とも仲良く話しているのを見た。
それから時々僕のところにもやってきてお菓子をくれたり絵を褒めたりした。
嬉しかったけど何か違和感かした。
*
ある日夜中に窓に小石が当たり、僕は起きて下を見るとうちの庭にボロボロになった服とボサボサのアイリーン様が立っていて驚いた!!そしていきなり倒れ僕は慌てて庭へ行ってとりあえずアトリエとして使っている部屋へと運んだ。なんだか痩せた様でそこまで重くなかった。ちゃんと食べているのか?というか体が熱く熱があると感じた。
このアトリエは大工を齧ってたお祖父さんから誕生日祝いに建ててもらい僕は庶民だけど高い絵の具を子供の頃からコツコツと集めて絵を描いていた。いつか画家になりたい。
でも病魔が許してくれなく弱っていく自分には時間がないと思っていた。
とりあえず簡易なベッドに寝かせた。侯爵令嬢をこんな所に寝かせていいものか悩んだけど。
それからアイリーン様と話をして逃げ出してきたと知った。そりゃフロングレスト修道院に追放となると逃げ出すだろう。
シャーリィさんから先にもらった薬は飲まずにどうしてか取っておいた。ボロボロになったアイリーン様も同じ薬を持ってきた。
どちらを飲んでも治ると言う。
そんな奇跡みたいな事が本当に?でも正直迷う。二つもあるし。別にシャーリィさんのを飲めばそれで終わり。あの人は体が治ったら出ていくと言う。それだけの話で…。
でもなんだか心が痛い。好きだと言われたから?でもシャーリィさんも…シャーリィさんも?
僕はシャーリィさんに憧れていた。同じ庶民だし気さくに話せるし。でもシャーリィさんは複数の男性達と話していていつも同じ顔をしていた。彼女は医務室に乱入してアイリーン様と対峙した時も何か違和感がした。もちろん親切で言ってくれて感謝もしてる。
でもなんだろう?何かが違うと感じた。
「偽善?」
ついボソっと出た。
とにかくこっそりバンとスープの残りをアイリーン様に運び食事を取らせたり水桶を運び布で身体を拭く様に言った。
「硬いパンですみません。スープに浸すと柔らかくなります」
と庶民の粗末な食事作法を教えると
「ああ、気を使わせちまってすまないね、ありがとうヴェルナーさん」
と普通にお礼を言った。お婆さんの様な変な喋り方が気になるけど何となく安心できた。何故だ?
「ヴェルナーさん…学園ではあたしは笑いものだろうね」
「…今は逃げたと噂になっています。レビルド様も顔に大きな傷を作り…たぶんアイリーン様が逃げたことで…主に厳しくされたのでしょう」
と言うとアイリーン様が顔色を変えた。
「なんて事だい。レビルド…あいつにも迷惑かけちまったね…」
と辛そうな顔をした。
「……貴方は治ったらここを出てどこへ行く気でしょうか?」
と聞いてみた。すると
「そりゃあ、まずはフロングレスト修道院とは別の方向だろうよ!別の国へ行って…どこかの金持ちに雇ってもらうのが理想だけどそう上手くは行かないだろうね。こんなボロボロじゃあ…。
あたしのことなんか心配しなくてもいいよ!ヴェルナーさんはしっかり生きとくれ!」
と言われる。無計画か。そりゃあ考える余裕なんてないだろう。逃亡者だ。王子殿下の捜索で見たかったら終わりだ。
改めてアイリーン様を見ると…どこか諦め開き直っている様に明るい。僕には飽きらめるなと言う癖に。
「アイリーン様も生きることを諦めてはダメですよ…」
とつい言ってしまう。すると
「………あたしは…もういいさ。ヴェルナーさんとこうして会えて話ができただけで充分…嬉しいよ。もう一度…いや…なんでもないよ。
とにかくあたしはもう思い残すことは無い。後はシュウカツをするだけさ!」
とまたシュウカツ…終活?をすると言う。死ぬ為の活動…。
「フロングレスト修道院でラストを迎えるのは悲惨過ぎるからね!それ以外でなるべく死にたいよ」
と言うから
「ふざけないだください!死にたいだなんて!僕の前で良く言えますね!」
とつい言ってしまう。
「す、すまなかった。そうだね。悪かったよ……」
と残りのスープを綺麗に平らげて渡した。それから彼女は糸と針を貸すとほつれた所を自分で縫っていた。侯爵家の令嬢が裁縫?なんて出来るのかと驚いた!
でも何故かスイスイと縫っていた。
学園では相変わらずシャーリィさんは他の男性と話したり、僕のとこに来ては
「薬はもう飲んだ?体大丈夫?」
と心配した。
まだ薬はどちらも飲んでいない。
「うん…ありがとう。シャーリィさんは優しいね」
と言うとにっこりと笑んだ。
それからまた別の男の人のところへ行く。
家に帰ると僕は食事を作りアイリーン様のとこに持っていく。この生活はいつまで続くのか。薬はどうしよう。
アトリエの扉を開けた。
中には誰もいない。
「え?」
一瞬真っ暗になる。
「アイリーン様??」
机に手紙が置いてあり、
『世話になりました。あたしはここを出ます。薬を早く飲んで元気になってください。さようなら。
アイリーン=ナミコ』
と書かれていた。
何?アイリーン=ナミコとは??
身体は確かに良くなっていったけど…アイリーン様…大丈夫なのか?なんだか胸が痛くなった。不味いであろう庶民のスープを飲み暮らしていたアイリーン様は…もしかしたらどこかでひっそりと死ぬかもしれない!!
そんなの…悲しい。とハッキリ思って僕は旅の支度を始めたんだ。
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