第5話 最後の願い
森を馬で駆け抜けてあたしは急いだ。服はボロボロだし銀髪もボサボサのまま。でもどうしても宏敏さん…ヴェルナー様の元に薬を渡したくて急いだ!
まだ辺りは暗い。若い娘が一人で走る道じゃないがそんなこと気にしちゃおけないね。そしてとうとう森を抜け月明かりの道に出てしばらく走った。
やっと馬を止めて見上げるとゲームでよく見たヴェルナー様の家がそこにあった。
「スマホがあれば写真撮っていたのにね。聖地巡礼というやつだね…おっと夜が明ける前にさっさとヴェルナー様に薬を渡さなきゃね!」
と急いで裏に回り生い茂る葉の柵を乗り越えて行く。その際に服に引っ掛けて裾が破けてしまった!!
「ありゃ!なんてことだい!」
仕方なく足を出し布を縛った。その時微かに眩暈がしたがヴェルナー様の部屋の下へと足を運ぶ。
ゲームで見た通りの庭に感動しつつ小石を拾いなんとかコツンと窓に当ててみる。何度か試したところ…小さな灯りがついてカーテンからチラッとヴェルナー様が覗いた。
あたしは白いハンカチを振った。カーテンが大きく開いてとうとうヴェルナー様が窓を開けた。信じられないと言うように大きく目を開いていた。
あたしはあらかじめ包んでいた薬と手紙を最後の力を振り絞り投げてそれをキャッチしたのを見てぐらりとして倒れた。
*
疲れと体が熱く力が入らないよ…。やだね…。あたしはまた死ぬのか…。いや…悪役令嬢なんかになっちまったのが悪かったのか…。
目が覚めるとあたしはどこかの部屋に横たわっていた。それに…どこか絵の具臭い。よく見ると…沢山の描きかけの絵があった。ベッドから起きあがろうにも力が入らないよ…。ボウっとしてると水を持った美青年…推しのヴェルナー様が入ってきた!!
中身は全夫の宏敏さんだが、こっちでの記憶はないからあたしのことは知らない。
「あ…起きましたか?」
ヴェルナー様がホッとした。
「あたしは…」
「倒れられたんです!驚きました。そんなボロボロになってうちの庭にいて…。ずっと学園では停学扱いでしたし…」
そりゃそうだろう。きっと王子はあたしの顔も見たくないはずさー。
「すまないね…迷惑かけちまって……ただ…ヴェルナーさんに薬を渡したかったんだよ」
ゴソゴソと薬を取り出し
「これのことですか?」
「そうだよ…それを飲めばヴェルナーさんの病気が…治るんだ…」
「………」
あたしは何とか起きあがろうとした。けど止められた。
「そんな熱でどこに行こうと言うのでしょう?治るまで動かないでください。大丈夫。ここは僕のアトリエですしここに運んだことは誰にも見られてないはず…。使用人もまだ起きてないから」
と言った。
アトリエ?宏敏さん…いやヴェルナー様の推しのアトリエ!!
本来喜ぶところだが万全じゃないあたしは心配そうに見ている蒼い瞳を見る。
「あたしのことなら…ほっといてくれていいさ。いい機会だし…このままトンズラしようかね…」
そうしたら
「だからその熱が下がるまではダメですよ…。僕も病弱だから熱出すととても辛いし。ここで療養してください。ここには僕以外誰も来ないし…食事を運びますし…」
「……ありがとうよ。治ったら出ていくよ。そうだ…薬を飲んどくれ…あたしの最期の願いだよ。元気になっておくれ」
と言いあたしはまた気を失う様に眠る。
*
夢を見る。前世子供たちを産んだ後まだ若いまま亡くなった宏敏さん。お葬式でわんわん泣いて出棺された時のこと…。もう二度と会えないこと。子供たちをしっかり育てようと誓ったが…父親不在の子供たちはうちが裕福な為、あたしが仕事で家にいない為、好き放題になり…結果あたしは老いてから子供たちの孫から命を狙われてしまった。
結局人間…金で動き金で死ぬ…。
あたしは宏敏さんを助けることができなかった。大企業の会長であった宏敏さん…。元々体が丈夫では無かったが人間ドックで癌が見つかるも、忙しさから病院に行けない。症状は悪化して入院生活が始まった。
あたしは怒りで震えたが警護を増やしたりして生きてきた。宏敏さんの後を継ぎ仕事も頑張った。
老いてからは日々孫たちからのごま擦りや遺産狙いに命を狙われる様になった。信じられなかったが何か疲れてきて……。
*
「ううう…うっうっ!宏敏さん!!宏敏さん!!」
唸り声を上げながら目が覚めたら心配そうに覗き込む推し…いや中身は宏敏さんのヴェルナー様がいた。
「大丈夫ですか?唸り声が凄かったですよ?……ヒロトシとは誰です?」
と聞いてきて慌てた。
「えっ!?だ、誰だい?ヒロトシ?変な夢でも見ちまったのかね?もう忘れたから寝言気にしなくていいよ……それよりここは…ああアトリエだったね?」
と言うとヴェルナー様はことりと薬を置いた。あたしの持ってきたやつ!!
「飲んだのかい!?身体は?」
と言うと
「……まだ飲んで無いよ…」
と言いがっかりするともう一つ小瓶をだした。
「これは?」
「シャーリィさんが、作ってきてくれました。まだ飲んでません」
「!」
まさか!私の先手を!?でもヒロインはあたしみたいに監禁されてた訳もないから材料を集めやすかったかもしれない。
「……あたしの方を飲んじゃくれないのかい?」
そりゃあそうか。あたしはあくまでも悪役令嬢のポジションだ。ヒロインのを飲むに決まってる。
ああ…こりゃ終わったね。完全に。
「なぜ…貴方が会ったこともない僕を助けようとするのかなぜボロボロになってまで薬を届けに来たのか…僕にはわかりません。僕のことをゴホッ……好きだと言うけどやっぱり信じられなくて…こうして薬を持ってきたのも何か企みでもあるのかと思っています」
ああ、そう来たか。そりゃあんまり面識なくこないだいきなりあたしが告白なんかしちまって警戒されてもおかしくないね。参ったねこりゃ。
「はぁ…もうわかったよ……。そうだね。ヴェルナーさんからしたらおかしな話だよね。いきなりあんな事言っちまってすまなかったよ。忘れとくれ。
……薬もどの道同じなんだ。どっちを飲んだっていいよ。ヴェルナーさんの体が良くなりゃあたしはいいよ。
もう少し体力が戻ったらあたしはここを出て消えるよ。それまでかくまっちゃくれないかい?……無理にとは言わないけど…これで本当に最期の願いだ」
と言うとヴェルナー様は考え込み……
「……わかりました…。僕も鬼じゃないし…まだ顔色の悪い人を今すぐ追い出したり通報したりしません。ここは僕のアトリエで少々絵の具臭いけど…我慢してください。食事も何とかします」
「ああ…すまないね。絵を頑張っとくれ。ヴェルナーさんならきっと画家になれるさ」
「え!?…なんで僕が画家志望だと…」
「そんなもん…こんなに描いてりゃそうさ」
「……ああ…思う様な絵はまだ描けないし僕はいつか死ぬと思ってでも夢が捨てられなかった産物なのに」
とヴェルナー様ががっかりしておる。中身が宏敏さんだからね。
「大丈夫だよ。諦めるんじゃないよ。きっとなれるさ!」
と言いあたしが言うとヴェルナー様がはにかんだ!
おお!これが推しの恥ずかしそうな顔かい!最期にこんなもん見れて良かったよ!!
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