第7話 診療所の男

 推しであるヴェルナー様…そして中身の宏敏さんのアトリエから出ることにした。いつまでも迷惑かけられないし、もしあたしを匿ってる事がバレたらヴェルナー様も酷い仕打ちに遭うだろう。折角薬を飲んで元気になってもあたしのせいで夢の画家生活が台無しになっちまうからね。


 悲しいがこれは仕方ない。あたしはいずれ捕まっちまうかもしれない。だからその前に少しでも生きる為に終活をしなきゃね。


 ボロボロの服だけど見繕って少しはマシになって手紙を書きヴェルナー様が学園に行っている隙にあたしはアトリエを出て森を歩き獣達に注意して進み、途中泉の水や木の実を取り食べて進んだ。


 すると森の奥に一軒の家が有った。近くには村があるのだろうか?


 その家には微かに灯りが灯っていた。


「今晩泊めてもらおうかねぇ」

 と金は持ってないけど…悪い奴だったら殺されたり乱暴されるかもしれないと身構えた。


 何か看板みたいなのが立っており、近くに行くと…


『ミルケ診療所』

 と書かれた看板があった。

 なるほど、どうやら医者の家かい!

 そっと窓から覗いてみるが誰もいない?

 すると背後に気配を感じた。振り返ると中年程のおじさんが野菜を持ち立っていた。


「誰だね?こんな所で何かな?患者さんかな?」

 と言うので慌てて首を振る。


「怪しい者じゃありません。あたし…そのぉ…た…旅をしていまして…そ、その…お金やら荷物を落としちまって…」

 と適当言うとおっさんは


「嘘だね。わしも長く医者をやっとるんで患者の嘘なんかは見破りやすいんだ。


 何か事情があるようだな。とりあえず中で話を聞こうじゃないか」

 と促されあたしは診療所に入り診察室みたいなところに通された。


 *


「さてわしの名はエルヴィン・ミルケだ。ここで20年前から診療所を開いておる。村はここから少し行った所にあり、主に村人達の健康などを診ておる」

 と眉毛の垂れたおじさん先生が言う。


「こんな寂れた診療所にも人が来るんだね?」

 と言うと


「昔は妻と村に住んでいたが病気で亡くなって…わしは家に住むのが辛くなっていった。だから森に住居を移すことにしたんだ…」


「そうかい…辛かったねえ」

 あたしも若い頃宏敏さんを病気で亡くした時のことを思い出したよ。幼い子供が3人いる中、悲しかったよ。

 なんか…


『済まない…奈美子。先に逝って待ってるよ…』

 と最後の言葉を残し逝った時…私は悲しさと同時に強くあらねばと決めたんだ。どんな逆境にも立ち向かえる程に。女でも舐められないようにと。


 そんな事を思い出した。


「で?お前さん。名前は?それにどこから来たんだ?」

 と聞かれる。不味い…。素性が知れたらあたし…警察…憲兵とかに引き渡されフロングレスト修道院に送られちまうよ!


 青い顔をしているとエルヴィンさんはため息を吐いて


「言いたくないなら無理に聞かんよ。金が無いならうちの手伝いでもしてくれると助かる」

 と言われあたしはうなづいた。


「任せとくれ!!あたしこう見えても掃除は得意さ!エルヴィンさんロクに掃除もしてないようだね。そら、そこにも埃が溜まってるよ!」

 と診察室の開けっぱなしの戸棚の薬棚を見て嘆いた。


「ははは!あんた美人さんなのにお婆さんのような喋り方するね!あんたこそそのボロボロの格好どうにかした方がいい。


 妻の服が残っとるからそれでも着ていいぞ」

 とエルヴィンさんが言った。


「いいのかい?でもあんた…奥さんの服なんて見たら思い出して泣いちまわないかい?」

 と言うと


「そんな事ないよ。妻もこんなボロを着た娘さんを放っておくなとわしが怒られちまう」

 と言い、服の入った箱を渡した。エルヴィンさんが料理している間あたしは風呂と言うか庶民は水場を利用するだけなので風呂文化がないもんでとりあえず井戸から汲んであった水をかけた。


「うわば!冷たいね!流石井戸!井戸なんて何十年ぶりかね。こっちの世界のはロープで吊り上げるのかい。流石中世に似た感じだね。シャンプーも流石にないか」

 仕方なくあたしは髪も水洗いで済ませた。


 さっと布で体や髪を拭き取り服を着替えた。庶民の服だね。まぁいいか。

 こうしてあたしが服を着て出るとエルヴィンさんが


「ボロボロの服よりマシになったな!ははは!」

 と笑った。


「まぁ、助かったよ。じゃあ久しぶりに掃除と料理でもするかい!卵とかあるのかい?」


「さっき買ってきた筈だ」

 とエルヴィンさんは袋から鶏の卵より少し大きな卵を出した。何の鳥かは知らないが鶏ではないね?しかし知らないと言えば怪しまれるか。


「わかったよ。調理器具はあるかい?いやその前に掃除かね?こんな汚い所でよく住めるね!」

 と言うとエルヴィンさんは眉を下げ


「まぁ仕方ねえ。一人で暮らしてるもんだからな。どうしても雑になるさ」

 と言いあたしとエルヴィンさんは掃除をして綺麗になった部屋で一息ついてあたしは卵やら野菜を切り料理を始めた。見たことない野菜だが何とかなるだろと適当に鍋に放り込み塩で適当に味付けした。卵はフライパンで焼いてみた。鶏より一回り大きく食べ応えがあるね。


 こうしてあたしはミルケ診療所に居候させてもらうことになった。


 その数日後だった。村から帰ってきたエルヴィンさんは……青白い顔したヴェルナー様(宏敏さん)を支えながら帰ってきて仰天した!!

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