ホテルじゃないのならお部屋で

 その日の夜、俺は布団を被って考えた。考えて考えた。


 現実味のない話が避けようのない現実だとようやくわかって、ようやっと真剣に考えだした。



「――――ッ」



 で、導きだした結論……目をカッと見開いた先の真っ白な天井に浮かぶ〝責任〟の二文字。



「負わなくちゃ、いけないよな」



 ただでさえ櫻羽を悲しませてしまったんだ。これ以上、彼女を苦しめるわけにはいかない。


 問題はどういう形で責任を負うかだが……。



「やっぱ、金銭的支援が一番だよな」



 そう口にした瞬間、脳内で馬が颯爽と駆ける音、バイクの轟音、自転車が風を切る音、舟のモーター音が俺の後ろ髪を掴んでくる。


 もう馬鹿みたいに突っ込めなくなるなぁ……いや、逆にいい機会なのかもしれない。



「明日、もう一回櫻羽に話してみよう。そこでお金についてを持ち掛けて……それでダメならまた考えよう」



 ――――――――――――。



 で、翌日の仕事終わり。街路樹が連なる歩道にて。



「……今日は何ですか?」



 対面しているは相も変わらず気難しそうな表情をしている櫻羽。飲み会が行われる前までは目にした事なかった……今では見慣れた彼女の顔だ。



「折り入って話があるんだけど、ここじゃあれだから……場所、移さない?」


「……別に、構いませんけど。どこに行くんですか?」


「う~ん……まあ、落ち着いて話せる場所ならどこでもって感じだけど……無難にカフェとか?」


「カフェ……ですか。あまり気が進みませんね」


「そうなのか? とすると他は……居酒屋とか?」


「気が進みません。というか、落ち着いてすらいません」


「なら、個室居酒屋とか」


「気が進みません。個室という点は素晴らしいですけどね」


「じゃあ…………ごめん、全然思い付かん。てか、カフェがダメだった時点でもうお手上げ状態だったわ」


「そうですか。私よりも人生経験豊富なクセに、バリエーションが随分と乏しい事で」



 言葉の刃で俺の心を切りつけてきた櫻羽は、上から目線で更に続ける。



「失礼を承知でお訊ねしますけど、山本さんって女性経験はおありで?」


「な、何でそんな事……関係ないだろ、今は」


「いいから――答えてみてください」


「え、お、おう」



 有無を言わさぬといった様子の櫻羽に気圧され、俺は不承不承ながら春色の過去を漁る。


 …………風〇以外で女性経験なくね? 俺。


 思い出すまでもなかった。



「……すうううぅ――――ない、な」


「ほ、ほんとですかッ⁉」



 態度は一変、櫻羽は祈りを捧げるように指を組み、あどけない少女のような瞳で俺を見つめてくる。新感覚の愚弄だろうか?



「……ひょっとして、めちゃくちゃ馬鹿にしてる?」


「い――いえ、馬鹿にはしてませんよッ! ただ、この歳にもなって一度もないんですねクスクスと心の中で笑ってただけです」


「うん、すんごい馬鹿にしてるよねそれ」


「だからしてませんってば。そんな事より、場所は? どうするんです?」


「それについてなんだけど……もうさ、櫻羽が決めてくれない?」


「自分から誘ってきておいて丸投げですか……とことんダメンズなんですね、山本さんて」



 ……あれ、なんか、歳下に軽蔑されるのって、意外と悪くない?



「まあ、否定はできないな。つーことで、櫻羽が決めてくれ」


「…………じゃあ、ホテルで」


「あ、ホテルね! ホテルに行きたかったのね! はいはいそれじゃ行きますよ――って、行かねーよッ!」


「どうしてです? 落ち着いて話せる良い場所なのに」


「そういう問題じゃなくてッ! 落ち着いていて且つ話せる場所は他にも沢山あるでしょって話だよ! それこそカフェとか…………なのに、何でホテルをチョイスッ⁉」


「他人に迷惑かけないようにですよ。山本さんがこれからお話になる内容が、私の正気を狂わせるかもわかりません。もしそうなった場合、私はあなたを生かして帰しはしないでしょう。その時、他の人がいたら確実に邪魔になるでしょ? だからです」



 とてつもなく物騒な理由で男心くすぐる場所を選んできたなチキショーッ! 新手の美人局つつもたせか。



「どんな理由であれホテルは却下だ」


「どうしてです?」


「どうしてって……何か、あの、集中力散漫になっちゃって真面に話せなそうだからだよ」


「……それ、意識しすぎているだけじゃありません?」


「そうとも言う」


「回りくどいですね――――なら、私の〝部屋〟にしましょ」



 名案閃いたり! と、櫻羽は頭上に浮かぶ豆電球を光らせ、俺にそう提案してきた。



 俺が意識しすぎている事を、まるでわかってくれていないみたいだ。

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