このウソを、きっといつか

 この子? 今この子って言った? この子ってどこの子? どこにもこの子らしき子がいないけど?


 〝この子は私一人で育てますから〟


 だからこの子ってどこに? どこにも見当たらないんだけど?


 〝この子は私一人で育てますから〟


 だからこの子って…………。



「――ちょちょちょちょちょちょちょちょッ!」



 現実から目を背ききれなかった俺は慌てて駆け出し、櫻羽の前に立って両手を広げた。



「今度は何です?」


「……子供ができたって、マジ?」


「私が噓をついてると?」


「いや、そういうわけじゃなくてだな……何て言うかこう、現実味がないというか」


「そうですよね。山本さんからしてみれば身に覚えのない話でしょうからね」



 櫻羽の顔が露骨に歪み、声が棘を含んでいた。


 そうまでされても記憶は戻ってこず、いまいちリアリティーに欠ける。


 たがもし、櫻羽の口にした事が全部まるっと事実だとして、その責任を負わなかったら……俺は最低な男になるだろう。


 もし本当なら。



「あ、あのさ……確認する方法とかって、ないの?」


「信じていただけないのなら、それで結構です」


「そういうわけにはいかない! 正直、半信半疑だけども……いや、半信半疑だからこそ確認するべきだと! 俺は思うんだよ」


「そうですか……じゃあ、触ってみます?」



 視線を落とした櫻羽の、見つめる先は自分のお腹。



「山本さんに声をかけられてからずっと、反応してるんです。〝お父さん〟だと理解しているんですかね?」


「……え、動いてるって事ですか?」


「薄っすらとですが、感じるんです。外部から触れてもわからないかもしれませんが」



 そう言って櫻羽は、まだ膨らんでもいないお腹を大層大切そうに両手で包んだ。


 胎動たいどうってやつか。けど、こんな早くから起こるものなのか?


 妊娠についての知識が乏しい俺は時期に関してを一先ず保留にし、櫻羽のお腹に手を伸ばした。


 彼女が言っていた通り、外から触れる分には全然わからない。けれど――、



「あ、今も、ほら」



 どうやら宿している者にはわかるらしい。



「……ダメだ、さっぱりわからん」


「そうですか。なら、これを見てもらえば嫌でも信じてもらえるんじゃないでしょうか」



 ――――――――――――。



【櫻羽 智里】



「……すまん、ちょっと冷静になる時間が必要みたいだ。今日のところはこれで」



 顔を真っ青にした山本さんは私の返事も聞かず、よろめくような足取りで帰っていった。



「…………ふふ、クフフフフフッ」



 騙された。山本さん、あっさりと騙された。


 いつ、この時が訪れてもいいように予めネットから引っ張ってきていた画像……陽性反応が出た妊娠検査薬の画像で。


 妊娠も、そこに至るまでの行為も全部ウソ。山本さんは私に一切手を出していない。


 あれだけ酔わせて、あれだけ誘っても、山本さんは手を出してこなかった。


 どころかホテルに行く事さえも躊躇っていた。私が体調悪いから横になりたいと強く訴えたから渋々ながらも従ってくれたけど。


 でも……山本さんのそういうところが好き、凄く好き、大好き。


 だからこそ――。



「このウソを、いつか絶対本物にする」

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