この子は私が責任をもって?

 職場の後輩に手を出してしまった。状況から鑑みてもう間違いない……なのに俺は何かの間違いである事に未だすがる。



『――もしもし』


「もしもし、藤井ふじいか? 悪いな、休みの日に電話しちまって」


『あ、いえいえ。全然だいじょぶっすけど……なんかあったんすか?』


「何かあったって程の話じゃないんだ。昨日の飲み会の事でちょっと聞きたいだけで」


『……はぁ、飲み会っすか』


「ああ。率直に訊くけど……俺、どんな感じだった?」


『山本さんですか? う~ん、とりあえずまあ――めっちゃ酔ってましたかね』


「他には? というか飲み会自体は1件目で終わったのか?」


『俺は用事があったんで帰りましたけど、2件目に行った人はそこそこいたっぽいすよ? つか、山本さんもその中にいたでしょ、覚えてないんすか?』


「……覚えてない」



 その後、藤井とのやり取りで2件目にいたであろう人物を何人か教えてもらい、電話を切った。


 因みに藤井曰く、2件目に向かうメンバーの中には櫻羽の姿もあったそうだ。



『……おう、どうした?』


「あ、金木かねきさんですか? すいません、お休みのところ……ちょっとお聞きしたい事があるんですが」


『俺にか? なんだ?』


「昨日の飲み会についてんですけど……2件目の記憶がちょっとなくてですね、どういう形で終わったのかな~と気になって」


『は? なんじゃそりゃ。覚えてないなら覚えてないでよくないか?』


「いや、そういうわけにもいかない事情があったりなかったりするもんで……とにかく、教えていただけないかと」


『……まあ、別に良いけどよ』



 それから金木さんは2件目での出来事を話してくれた。


 まず俺の状態だが、1件目でほぼ出来上がっていた俺は2件目でかなりの醜態を晒していたらしい。


 酒の飲み方も、話す内容も酷く、別の席にいたまったく関係のない人達にも絡みに行ってたという。酒で人が変わるタイプじゃないと自分で思ってただけに、ショックが大きかった。


 で、肝心の櫻羽だが……金木さんが言うには途中で潰れて横になっていたらしい。


 そんな彼女を俺がやたら介抱かいほうしたがっているように金木さんの目には見えたらしく、最終的に俺は櫻羽に肩を貸す形で夜の街に消えていったそうな。



『……もしかしてお前、櫻羽と――』


「そ、そんなわけないじゃないですか嫌だなーッ! 変に勘ぐるのやめてくださいよーッ!」


『いや、まだなにも言ってないけど……』


「……………………」



 上司とも呼べる先輩に対し、『お疲れ様です』や『ありがとうございます』の一言なく一方的に通話を切ったのは、人生で初めてだった。



 ――――――――――――。



 記憶なき飲み会から一ヶ月が経過した今日、客足も落ち着いてきて暇になった午後、俺は喫煙所にて金木さんとタバコ休憩をとっていた。


 いつもは仕事の愚痴、互いの趣味であるギャンブルの話で盛り上がるこの時間も、今日は違い、



「――山本さ、正直に言ってみ?」



 どことなく真面目な顔つきで煙をふかす金木さん。


『正直に』が何を指しているかは大体見当がつく。だからこそ、俺はとぼける。



「えっと……なにをですかね?」


「櫻羽の事だよ。お前ら全然話してなくないか?」


「いや、そんな事はないと思いますけどね。ええ、ええ」


「誤魔化すなよ。見てればわかる……というか実際、仕事にも影響してんだよ」


「え、そうなんですか?」



 初耳の情報に俺が聞き返すと、金木さんはコクっと頷いた。



「全部話すのは面倒だから省くけど……ま、要はホウレンソウの連ができてなかったって事だ。櫻羽と山本の間でな」


「……という事は、櫻羽が俺に伝えなかったと?」


「ああ。『あの人とは口も利きたくありません』だと。プライベートというか、こういう休憩中に話をしない分ならどうでもいいんだが、仕事でもそれだと支障がな……て、わけで山本――」



 金木さんはタバコを口に咥えたまま俺の肩にポンと手を置いてきた。



「詮索するのは止めるから取り敢えず櫻羽に謝ってこい」


「…………」



 謝って済む問題なのだろうか?



「そう嫌そうな顔するなって。一言『すいませんでした』と謝っておけばいいんだよ。それで無視されても気にすんな」


「は、はぁ」


「気張れよ、山本」


「…………はい」



 金木さんはもう一度、今度は俺を勇気づけるように肩を叩き、それからタバコを灰皿に捨て喫煙室を後にしていった。



「……どうしよう、ものすんごい気が重いんだけど」



 ――――――――で、仕事終わり。



「――ちょっと待ってくれ櫻羽!」



 俺はそそくさと帰ろうとしている櫻羽の後を追いかけ、呼び止めた。



「……………………」



 足を止め、振り返る櫻羽。ここ一ヵ月ずっと俺に向けていた不機嫌な面持ちは尚も顕在のよう。



「なんですか?」


「あ、えっと、この前の事を謝りたくて」


「……思い出したんですか?」


「え? あ、いや、思い出してはいないんだけど……」



 櫻羽の片眉がピクッと上下に動いた。



「思い出していないのなら、何に対して謝るんですか?」


「そ、それは……」



 言葉に詰まる俺を見て、櫻羽は『もういいです』とでも言うように背を向けた。



「〝この子は私一人で育てますから〟」


「……………………」



 ……………………え?

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