第60話 僕は明日香の深夜の海岸で語り合う

「翔琉君、早く」

「ちょっと待ってよ。どこに行くの?」


 僕は明日香に手を引っ張られどこかに向かっている。周りが白い空間にいるようでよく見えない。


「早速入ろう」

「入るってどこに・・・・・・」


 そう思った瞬間に目の前にお湯を張った浴槽がある。沸きたてのように湯気が立ち込めている。

 明日香が突然服を脱ぎ始める。僕は慌てて両手で目を隠しながら言った。


「な、なな何で急に服を脱ぐの!」

「一緒に入ろうって言ったじゃない」


 下着姿の明日香が僕に迫ってきて、僕の服に手をかける。


「翔琉君もさっさと脱いで」

「や、やめ――心の準備が!!!」




「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」


 辺りを見渡すと暗い部屋で横になっていた。


 ここは別荘に泊まっている僕の部屋だ。隣のベッドから一樹のいびきが聞こえる。どうやらさっきまで夢を見ていたようだ。寝汗もすごい。それにしてもなんて夢を見てしまったんだ。あの時に明日香に言われたせいで悶々としてしまったからかそれとも自分の身意識の内に欲望があったのだろうか。こんな気持ちでどうやって明日香の顔を見ればいいんだ。時計を見るとまだ午前二時を回ったところだ。

 目が覚めてしまってまた寝なおす気も起きない。

 僕は、一樹を起こさない様にそ~と部屋を出ると夜風にあたりに外に出た。外に出ると海風があたり火照った身体を癒してくれる。

 空を見上げると満天の星空が・・・・・・

 こんなに星が見えるのなんて初めてかもしれない。地元は街灯があったり街の明かりで照らされてるからかよく見えない。

 星を見ながら海岸沿いを探索する。しばらく歩いていると前方に人影が。近づくと星光に照らされて姿が段々とあらわになっていく。


「明日香?」

「翔琉君? どうしたの。寝むれないとか・・・・・・」

「え~と、それは・・・・・・」


 夢に見た明日香とのやり取りで悶々と気持ちが高ぶって眠れないなんて言えない。


「翔琉君、顔紅くない?」

「えっ、流石に暑いからじゃないかな。夏だし!」

「そう。大分涼しいと思うけど」

「そ、そんなことより明日香はどうしてこんな時間に出歩いているの?」

「えっ!?」


 明日香が驚いたように肩をビクッとさせた。何か言えない事情でもあるのか。無理にはきかないけど。


「無理に言わなくてもいいよ」


 僕の言葉に明日香はホッとした仕草をする。

 僕は海をぼ~と眺める。何か夜の海って不気味だな。今にも引きずりこまれそうな錯覚に陥るようだ。そう思うと急に寒気が・・・・・・

 腕をさすってると明日香が口を開いた。


「・・・・・・実は夢を見てそれが衝撃的で目が覚めてしまってせっかくならちょっと散歩しようかなと思って海岸を歩いてたんだよね」

「その夢ってまさか怖いやつ?」

「ち、違うよ。それに私的にはうれしかったていうか・・・・・・」

「うれしい?」

「な、何でもないよ」


 明日香はつい口から出てしまった言葉を誤魔化すように否定する。


「まあ怖い夢ならこんな夜に一人で出歩けるわけないか。肝試しでも尋常じゃない怖がり方してたし・・・・・・」

「・・・・・・」


 明日香からの会話が途絶えた。不審に思って明日香を見ると顔が青褪め歯をガチガチ鳴らしブルブルと震えている。


「す、すっかり忘れてたのに翔琉君が余計なこと言ったせいで思い出しちゃった」

「ご、ごめん。なら直ぐに別荘に戻る?」

「い、今は無理。ちょっと腰が抜けちゃって」

「あちゃ~」


 僕は明日香の隣に座ってたわいもない話で恐怖心を霧散させることにした。


「今日は良く晴れて星が見えると思わない?」

「本当だ。私こんなにじっくり星を見たことないかも。どれが天の川だろう?」

「あれじゃないかな」


 僕は星空を指差す。


「どれどれ」


 明日香も僕が指さしたあたりを見る。


「あそこだけ夜空を横切るように存在する雲状の光の帯みたいにみえるからあれじゃないかな」

「本当だ。私、天の川見るのって初めて」

「僕もだよ。映像などで見たことあるけど実際に見ると綺麗で感極まるな。ちなみに天の川に重なるように上の方で光っている明るい星がはくちょう座のデネブ。右下の方にあるのがこと座のベガ。天の川を挟んだ左側で輝いてるのがわし座のアルタイルでこの三点を結んだのが夏の大三角形って言うんだよ」

「それは学校の授業で聞いたことあるかも。それにしても翔琉君詳しいね」

「昔、天体に凝ってたことがあって。ちなみにベガが織姫でアルタイルが彦星だよ」

「えっ! そうなんだ!」


 明日香の一番の驚きは織姫と彦星についてだった。やっぱりこういう話は女子は好きなんだろうか。その証拠に明日香が気になってたことを呟いた。


「どうして、織姫と彦星って年に一回七夕の日にしか会えないんだろうね」

「それは、ちょっと長くなるけどいい」

「聞きたい、聞きたい!」


 明日香の目が興味ありますっていうように輝いて見える。僕は織姫と彦星の伝説を語った。


「織姫は神様たちの衣を織る仕事をしてたんだ。織姫の織る布はたいそう美しく、5色に光り輝き季節によって色が変わるという素晴らしい布で神様たちに評判だったらしい。しかも、織姫は働き者で真面目で日夜機織りに励んで、あまりに熱心で自分の身なりにも構わず、遊びに行くこともなかった。その様子を見ていた織姫の父親である天帝は気の毒に思い、また娘の幸せを願って良き伴侶を探し始めた」

「もしかしてその伴侶が・・・・・・」


 僕は明日香の問いに相槌を打ち話を進める。


「そこで見つけたのが牛追いを生業とする彦星だった。この勤勉な青年ならばきっと娘を幸せにしてくれる、そう考えた天帝はふたりを引き合わせます。ふたりはすぐに恋に落ち、めでたく夫婦となった。夫婦となった彦星は織姫の住んでいた天の川の西側に移り住み、仲睦まじく暮らし始めたんだ。だけど順風満帆とはいかなかった。織姫と彦星は結婚してさらに惹かれ合うようになったまではよかった。ところが、ふたりは楽しさにかまけて遊んでばかりになり、だんだんと仕事がおろそかになっていき、織姫が機織りを怠けるので新しい着物は作られず、神々の着物はボロボロになるし、彦星も牛の世話を怠り、牛は痩せ細ってついには病気になってしまったんだ。この堕落ぶりに激怒した天帝は、織姫と彦星を天の川を挟んで東と西に引き離してしまい、ふたりはお互いの姿を見ることすらできなくなってしまった。この時に後悔しても遅かった。それぐらいにに怒らせてしまった」

「織姫と彦星ってもう会えないの?」


 明日香が聞いてくる。その表情はどこか悲しそうだ。


「安心していいよ。たいていこういう話はハッピーエンドって相場が決まってるから。織姫と彦星は広い天の川の両岸に離れ離れになり、織姫は寂しさのあまり泣いて暮らすようになり、悲しむばかりで機を織ることすらできない。あまりに不憫に思った天帝は、以前のように真面目に働くのであれば年に1度だけ彦星と会うことを条件に出した。それが7月7日の七夕だ。その後、織姫と彦星は心を入れ替え、七夕を楽しみにしながらふたりが出会う前にも増して熱心に働くようになりました。めでたし、めでたし」


 明日香は話を噛み締めるように俯いている。僕も大人しくその隣で明日香が何か言うのを待っている。


「はぁ~よかった~。織姫と彦星が一生会えなかったらどうしようかと思った。もし、私なら年に一回会えたとしても絶えられないと思う。翔琉君はもし、私と会えるのが年一回だけって言われたらどうする。

「そうだな~」


 僕は明日香と年に一回しか会えないと想像する。その日は楽しいけどまた一年後だと思うと気がおかしくなりそうだ。よく、織姫と彦星は我慢できたな。今度から敬意をもって星空を眺めよう。


「僕だったらとてもじゃないと耐えられないからどうにかして明日香と会う方法を模索するかな」

「そっか~」


 明日香は僕の言ったことを噛み締めながらどこか嬉しそうにはにかんだ。その姿はちょうど朝日に照らされて美しかった。・・・・・・って朝日!?

 気づいたら東の空が少し明るくなってきている。もうそんな時間か。十分に話し込んでたようだ。


「明日香戻ろうか。一回寝なおさないと疲れで気性をきたす。今日の夕方には家に帰るけどそれまでにはなるべく疲れを取っておかないと」


 一回寝とかないと加奈やひよりちゃんのテンションについていけない。どうせ昼過ぎまで遊び惚けるだろうしな。


「そうだね」


 明日香は立ち上がるとお尻に着いた砂を手で払う。

 僕と明日香は手を繋いで別荘までの道を歩いて行った。

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