第55話 まさかの展開に僕の脳はオーバーヒートする

 あれから僕達も事情を聴かれたが、目撃者も多くいたこともあり厳重注意ですんだ。


 (よかった~。頭に血が上ったとはいえ、人を殴ってしまったことに変わりないから内心ヒヤヒヤしてたんだよね)


 僕がホッとしてると、一樹が、


「それにしても翔琉が人を殴ったの、初めて見たな。彼女ができるとこうも変わるもんかね」

「ほんとにね。もし私が同じ目に遭ったら一樹はどうしてくれるのかな」

「え~と・・・・・・そんなことより飯にしようぜ」


 加奈の追求に一樹は話題を逸らした。そのことに加奈はあまり気にしてないようだ。どうせ一樹を困らせて遊んでるだけだろうけど。そういうところの関係性はカップルになっても変わらないらしい。


「ちょっと冷えたかもしれないけどまあ問題ないだろう」


 一樹がタコ焼きと焼きそばを置いていく。


「飲み物も好きなの選んでね」


 加奈がビニール袋からペットボトルを取り出す。


 みんなでどれにしようか悩んでいると明日香だけ下を向いている。無理もない。あんだけの目に遭ったんだ。気丈にふるまってても怖かったんだろう。何で明日香の傍を離れてしまったんだ。誰が見てもこんなに可愛い明日香を男がほっとくわけないじゃないか。変な虫が付くかもしれないのに。僕の頭の中では次々に後悔の念が押し寄せてくる。


「あのみんな!」


 明日香が声を張り上げる。

 その声でみんな動かしている手を止め、明日香の方を見る。


「どうかした?」


 加奈が声をかけると明日香が頭を下げる。


「ごめんなさい。私のせいで楽しい思い出を台無しにして」

「気にするな。あれは橘さんの所為じゃない」

「そうね。あれはあの野郎たちが悪いのよ。私の親友を傷づけて。・・・・・・私も一発お見舞すればよかったわ」


 加奈が握りこぶしを作る。


「そうですよ。明日香さんは私たちを守ったんです」

「そうだよお姉ちゃん。それに元はといえば私に付きまとってきたのをお姉ちゃんが助けに入ったからお姉ちゃんと葉月を巻き込むことになってしまって悪いのはちゃんと断れなかった私だよ」

「そんなことないよ。私が・・・・・・」


 何か堂々巡りだ。


「ほら翔琉もなんか言えって。彼氏なんだからさ」


 一樹に促されたことでみんなの忠告が僕に集まる。気の利いたことは言えないけど確かにこのままで終わるなんて嫌だから何とか元気づけるしかない。


「――明日香」


 ビクッ


 僕に呼ばれて明日香がびくついてる。もしかして嫌われたとでも思ってるんだろうか。僕から明日香を手放すことなんて天地がひっくり返ってもあり得ないのに。


「明日香が無事でよかったよ。もし何かあれば自分が許せなかったし、あんな奴らのことなんか忘れるぐらい楽しい思い出に作り替えようよ。でないと損だしさ」

「そうそう。私がそこにいたら私だって殴ってたかもしれないしね」

「いや殴ってたじゃん」


 一樹の呟きに加奈が何のことって惚ける。


「さっき取り巻きの一人の股間をペットボトルが入ったビニール袋で振りぬいてたじゃん」

「あれは、向こうが勝手にあたっきたんです~!」


 そんな一樹と加奈のやり取りを見てたみんなはアハハ・・・・・・と笑いだす。


「そうだよね・・・・・・私もうウジウジしない。このタコ焼き貰うね」


 明日香は爪楊枝でタコ焼きを一つ頬張ほおばる。


「熱っ!」


 タコ焼きが熱かったのか明日香は舌をヒリヒリさせてる。


「落ち着いて食べないから~」


 加奈が飲み物を明日香に渡した。明日香はペットボトルのキャップを開けると、一気に飲んだ。

 その様子を見てたみんなの視線に気づいて明日香の頬が羞恥心で紅く染まる。いつもの明日香に戻ったようだ。

 それからみんなで昼食を取っていると、近くにあるケバブを売っていたおじさんが人数分のトルコアイスを置いていった。


「あの~、頼んでませんが」


 一樹が言うとおじさんが答えた。


「これはサービスだよ。さっきの出来事でおじさん、気分がスカーとしたよ」


 なんでも明日香をナンパしてたアイツらはここら一体を荒らしている不良だそうだ。毎回ここら一体に現れて店に難癖付けたり若い女性にちょっかいをかけて荒らしまくってるようだ。その所為で、ここ数年客数が減少して困ってたようだ。そのお礼がこのトルコアイスのようだ。

 僕達が遠慮なく貰うとおじさんは満足げにキッチンカーに戻っていった。

 それから立ち代わりにいろんな人から似たようなことを言われ、何だかむずかゆい気持ちになった。


 昼食が食べ終わると席を立ってまた海に向かった。


「あの翔琉君。ちょっといい?」


 明日香に呼ばれて歩みを止める。


「俺ら先に行ってるな」


 一樹がそう言ってみんな海の方に消えていった。


「あのちょっとこっちに来て」


 明日香に手を掴まれて引っ張られる。普通に手を繋いでるけど明日香の表情を見るに気づいてないようだ。僕は明日香の手の感触を確かめるようにしながら大人しくついていった。

 しばらく歩くと、人もまばらになってきて岩も増えてきた。そして、岩陰に入ったところで明日香が止まりこちらに向き直った。


「明日香、こんなところまで連れてきてどうしたの?」


 僕は疑問だったことを聞く。

 明日香はそんな僕の疑問が聞こえてないのか何かブツブツ言って考え込んでいる。

 僕は大人しく待っていると、明日香は意を決したように顔を上げた。


「・・・・・・やっぱあれが最初だと思うと嫌だから」

「えっ!?」


 何のことだか分からずにいると明日香が僕の右手を掴んで自分の方に持っていく。恐る恐るって近づいていくとその位置には明日香の胸が・・・・・・

 まさかと思った次の瞬間――


 ぷよん


 僕の右手に弾欲のある張りが返ってきた。明日香の胸を揉んでいたのだ。


「な、なななな・・・・・・」


 僕は気が動転して二の次を告げずにいると、


「あれが初めては嫌だから翔琉君に塗り替えってもらいたい!」


 明日香が捲し立てるように言ってくる。何か自棄になってないか。だけど僕もそれどころではない。明日香の胸をモミモミと揉んでしまう。


(女の人の胸ってこんなに柔らかいのか。それにしてもやっぱり明日香の胸って結構あるんだな。水着越しに見た時からそんな気がしてたけど普段着ではわからないもんな。着やせするタイプなのかな)


 僕は現実逃避するように自分の世界に浸かる。


「んっ・・・・・・くっぅ・・・・・・か、翔琉君っ・・・・・・」


 何か色っぽい声が聞こえて我に返る。


「それ以上は・・・・・・」

「ごめんっ!」


 僕は慌てて手を放す。

 明日香はその場に膝をついて「ぜぇ・・・・・・ぜぇ・・・・・・ぜぇ・・・・・・」と荒い息を吐いている。

 これはなんて言えばいいんだ。やっぱり謝るべきか。でも明日香からしてきたことだしどうすればいいんだ。

 僕がその場で固まってると、息を整えた明日香が涙目で「揉みすぎ!」と抗議してきた。

 これは土下座する案件だと思い、直ぐにしようとしたところ、明日香が顔を逸らしたまま、


「・・・・・・続きはまたそのうちにね・・・・・・」


と、呟いた。その耳は紅い。


「は、はい」


 僕は空返事しかできなかった。


 さすがに恥ずかしくなったのか明日香はその場を脱兎のごとく走り去っていった。その場に残された僕はこれは夢なんかじゃないかと頬をつねる。


「痛い・・・・・・」


 どうやら夢じゃないようだ。


 母さん、葉月、そして今のどこかでトレジャーハンターをしている父さん、僕は近い内に大人の階段を上るかもしれません。

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