第49話 バナナボートは思ったより危険な乗り物だった!?

 僕達はバナナボート乗り場にたどり着いた。看板を見ると、十五分二千二百円で乗れるようだ。バナナボートをボートで引っ張ってくれるそうだ。アクティブな体験をしたければぜひやるべきだろう。

 僕達は早速ライフジャケットを身につけ係の人から注意事項を聞いたら、好きなバナナボートを選ぶ。用意されてるのは二人乗りと四人乗りのタイプのようだ。僕達はちょうど六人いるのでそれぞれのバナナボートに乗り込むことになった。


「二人乗りの方に明日香と翔琉乗っていいわよ」

「えっ!? な、何で」


 加奈の提案に明日香が動揺している。僕も声が出なかっただけで同じ気持ちだ。だけど明日香と二人なら緊張するあまりバナナボートを楽しむ余裕があるかどうか自信が持てなかった。


「せっかくなら二人っきりの方がいいかなあと思って。その方が嬉しいでしょう」

「それなら加奈ちゃんだって桜井君と一緒の方がいいでしょう?」

「私は人数が多い方がいいしその方がはしゃげそうじゃない。一樹もそうでしょう?」

「そうだな。俺もその方が気が楽かな」


 明日香は期待を込めるような視線を葉月とひよりちゃんに送る。


「私もそれでいいですよ」

「みんなと乗る方が楽しいもんね」


 明日香の願いも儚く散った。


 加奈が明日香を手招きして耳元で囁く。


「(これはチャンスよ。どさくさに紛れて翔琉に抱き着けるわよ。好きな子に抱き着かれて嫌な男はいないはずよ。もしいたら本当にそいつに金玉が付いてるか疑問ね)」


 明日香は想像したのかみるみる顔が紅くなっていく。


「(か、加奈ちゃん下品だよ!)」

「(あら~、何想像したのかな~)」

「(な、ななななにも想像してないよ)」


 あまりの点張り直ぐに隠せてなかったが、これ以上いじると口を聞いてくれそうにないので話を進めた。


「(それに二人っきりなら水着見せられるでしょう。せっかく選んだなら翔琉に見てもらいたいでしょう。それにしても普段の制服も着崩して不特定多数に胸元見せてるくせに水着になったぐらいで何を気にしてるんだか。このは)」

「(制服着てるのとはわけが違うよ。水着は何ていうか下着だけっていうか裸で出歩いてるようなものなんだもの)」

「・・・・・・とりあえず全国の水泳をたしなんでる人の謝れ」


 明日香と加奈の声が良く聞こえないがたびたび明日香の耳が紅くなってるからまた何か吹き込まれてるな。



 準備が先に出来た一樹達が乗ったバナナボートが動き出した。ボートに揺られる感じで左右に揺れて水しぶきを上げている。

 なんだか楽しそうだ。僕達もバナナボートの前に移動する。


「そういえばそのカーディガン脱がないの?」

「えっ、何で」

「いや、たぶん濡れるだろうし、濡れたのを切るのは不快じゃないかと思って。いくら水着の上から着ててもさ」

「でもまだ心の準備が・・・・・・か、翔琉君は私の水着姿みたい?」

「見たいです!」


 明日香が僕の言葉を聞いてビックリしている。もしかして欲望を出しすぎたかな。もし嫌われたら立ち直れない。でも、ここで見たくないというのも失礼のような・・・・・・一体なんて答えるのが正解なんだ。僕の頭の中は悶々としていたが心配は杞憂で終わった。


「わ、分かった。カーディガン脱ぐね」


 明日香が恐る恐るカーディガンを脱ぎ去ると明日香の水着姿があらわになった。

 その姿は、上下花柄なホルタービギニだ。しかも胸を強調するデザインにくびれも出来ていてモデルみたいな体型だ。こんな水着を選んで何を恥ずかしがってたんだろう。それにしても明日香以外もみんな花柄だった。今の流行りなのかな。


「ど、どうかな?」


 僕が黙ってたことで不安になったのか明日香が聞いてくる。その目は今にも泣きそうだ。


「うまく言えないけどよく似合ってるよ。健康的でそそるし、その色と言い柄といい、明日香にとても似合ってるよ。ちょっと目のやり場に困るけど」


 僕の視線に気づいたのか明日香は自分の胸を両腕で隠して慌てたように弁明する。


「ち、違うの。水着を選んでた時は、その場のテンションと加奈ちゃんに大胆な格好をした方が翔琉君が喜ぶと聞いてそれで――」


 捲し上げるように話す明日香を手で制した。


「分かったから落ち着いて。加奈には後で文句言うとして、明日香がどんな格好でも僕は好きだから」

「あ、ありがとう」


 明日香は恥ずかしそうに俯く。僕も自分で言いながら恥ずかしくなってきた。


「ゴホンッ!」


 僕達は慌てて顔を上げると、受付の人が「いい雰囲気のところ悪いけど早くしてくれません」

「「はい、すいませんでした~」」


 僕と明日香は恥ずかしさを誤魔化すようにそそくさと移動するとバナナボートに乗り込んだ。ちなみに僕が前で明日香が後ろだ。


 バナナボートに乗ったときは恐怖心で体がこわばったけどしばらくするとボートのスピードも慣れてきて今では風が気持ちいい。


「翔琉君、私バナナボートって初めてだけどこんなに気持ちいいんだね」

「僕もだよ。乗ってみてよかったね」


 そうこうしてるうちに一樹達のバナナボートと並走した。


「そっちも楽しそうだな」

「おかげさまでね。ところでひよりちゃん大丈夫か?」

「で、でいじょうぶで~ふ」


 どう見てもグロッキーだ。呂律も回ってないし、他のみんなは何ともなさそうだけど。


「お兄、ひよりは乗り物に弱いみたい。新たな発見だ」

「そんなゆうちょな」

「あ~、この独特な形状な形でボートに引っ張られるたびにくるくる回ったりしたからそれで気分が悪くなったのかもな」


 一樹が指摘した通り、一樹達が乗っているボートは円形の形で四人が座れるようになっているゴムボートだ。バナナボートの要素は一切ない。何でこれでバナナボートなんだろう。ツッコんだら負けなんだろうな。



「明日香、翔琉と二人っきりは楽しい?」

「ま、それなりにね」

「カーディガン脱いだんだね。遂に水着を披露した訳だ。ちゃんと翔琉は褒めてくれた」

「ノーコメントで」


 明日香と加奈が話している内容は僕達にも聞こえてるんだけど。


「あ、そうだ。加奈に一つ言いたいことが」

「何かしら?」

「あまり、明日香に余計なことをふっああああああ・・・・・・な、何か急にスピード上がってないか!」

「確かにな」


 僕達と一樹達が乗るボートは並走したあたりから緩やかに流れてるだけだったので会話をする余裕があったのだがここにきて急にスピードが上がったのだ。まるで二つのボートが競い合うみたいに。


「ちょっと速くないか」


「きゃあぁあぁ」

「うぉっ!?」


 一樹達が悲鳴と共にボートから投げ出されていた。それを見たからか明日香が背後から強く抱きしめてきた。


「あ、明日香!?」


 さらにスピードが上がったような気がする。このボートを引っ張ってる人はどうにかして僕達も海に落としたいらしい。明日香は必死にしがみついてきて胸が僕の背中に当たってるんだけど今は無心になれ。意地でも落ちてやるもんかという思いで取っ手を握っている両手に力を込める。それから数分後時間が来てようやく終わった。結果として僕達は何とか海に落ちることなくやり切った。バナナボートから降りようとすると明日香の手が僕の腰に回したままだ。


「明日香、終わったから手を放して大丈夫だよ」

「そうしたいんだけど離れなくて」


 明日香も力強く僕の背中から手をまわして自分の指でロックするようにしがみついていたから緊張でこわばっているのが分かった。僕は明日香の両手の指を一本ずつ離していった。

 そして、バナナボートを降りると両足がプルプルと痙攣している。自分でも気づかないうちに相当力を入れてたみたいだ。

 これはちょっと休まないと歩けそうにない。明日香も隣に座った。

 海に投げ出された一樹達がボートで回収され降りてきた。みんな楽しそうだがひよりちゃんだけはグロッキーで葉月が肩を貸してボートから降りている。大丈夫か、あれ


「翔琉、よくあれに耐えられるな」

「本当にね。もしかして明日香に胸をこすりつけられたことで体が硬直したのが良かったとか」


 僕は反論したいが喋る気力がない。


「胸をこすり・・・・・・」


 明日香は加奈が言ったことで自分がとんでもないことをしたことを思いだし顔が紅潮して俯く。

 僕の彼女は見た目がギャルだがとても初心うぶなのである。


 僕達の元にバナナボートを引っ張ていたボートを操縦してた日焼けした肌に白いTシャツに青い短パン、ビーチサンダルを履いた無精ひげの男が近づいてきた。


「やるな、坊主。長年仕事してきたが振り落とされなかったのは坊主が初めてだ。プライドが傷ついたよ。どうだい、もう一回やってみないか?」

「え、遠慮しときます」


 僕が断ると「なら仕方ない。もしやりたくなったら言ってくれ。坊主ならいつでも大歓迎だ」と次のカモを見つけるように客引きをしに行った。


 海から流れてくる潮風は火照った僕の体には気持ちよかった。

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