第41話 カミングアウトの嵐
「実はラブレターは一樹君の下駄箱に入れたはずなの」
「え!? 俺」
名指しされた一樹は「いや~。もてる男はつらいな~」と冗談交じりに言っていたが葉月に一睨みされて黙った。きっと一樹のことだから少しでも場の空気をよくしようとした結果なんだろうが、それ以上に葉月が怖かった。今まででこんなに怒ったことは見たことない。それほどまでに許せなかったのか。ここは今言うしかない。
「ちょっといい。葉月?」
「お兄は黙ってて」
「――はい」
ちょっと前の決心はどこかに行ってしまった。どうしよう。葉月が聞く耳持ってくれない上に怖い。この元凶になった加奈に何とかしろよって視線を送ったが我関せずっていうようにお菓子を食べている。ダメだ。コイツ。ここは自分がどうにかしなければ。出来ればいいな。直ぐに決心が鈍りそうだ。
「それでどういうことなのですか。お兄のことからかってって遊んでたと言ったら許しませんよ。そうなったら明日香さんのことをこれからビッチと呼んで
「ご、誤解だよ! 葉月ちゃん!!」
明日香が慌てたように言いつくろう。
「――どういうことでしょうか?」
ひよりの言葉には時と場合によっては分かってますね。と言わんばかりの怒気をはらんでいる。
明日香は意を決したように語りだす。僕はそれを固唾をのんで見守るしかなかった。
「私は昔から翔琉君のことが好きだったの」
「だったら何で一樹君の下駄箱に――――って昔からって言いました。正確にはいつからですか?」
「小学三年の時から。今と見た目がだいぶ違うから翔琉君は分からないかもしれないけど」
「お兄は知ってたんですか?」
「ああ何というかこの前一樹に言われて小学の卒業アルバムで確認したんだ。今と見た目が違って半信半疑だったけど明日香の面影あったから間違いないんだろうなあと」
「そうか。翔琉君は知ってたんだね」
明日香の僕を見る表情がどこか嬉しそうだ。
「それならどうしてこんな回りくどいことしたんですか?」
確かにひよりの言う通りだ。僕は偶然明日香が間違えたことを知ってるがその過程を知らないことに気付いた。
「それは翔琉君に振られたからこんなに変わった私を見せつけて後悔させようと思ったの」
「振った・・・・・・」
明日香の言ってることに思い当たる節がなかった。そもそも告白された記憶がない。
「昔の私は人見知りでとてもじゃないけど告白する勇気はなかった。それでバレンタインデーの時に翔琉君と仲の良かった男の子に渡してくれるように頼んだの」
その状況なんか見覚えがあるような・・・・・・
「それで受け取ってくれたら告白する勇気がモテるんじゃないかと思って。だけど、その後から翔琉君は私を見るとよそよそしくて目も合わせてくれない。そんな状況ならフラれたと思うでしょう。あまりの悲しさで寝込んだんだから。まあ、その失恋のショックで勉強したらいつの間にか学年一位の成績に上りつけたわけだけど」
みんなの視線が僕に集まる。そんなことしたかなあ・・・・・・
「それって翔琉が振られたって不貞腐れてた時じゃないか」
一樹がそんなことを言ってくる。僕が失恋した時を思い出す。
「あの時は確か、好きな女の子が一樹にチョコを渡してるのを偶然見てあまりのショックで当時のことあんまり覚えてないんだよな」
「そんなことあったか・・・・・・ああ、あれか。翔琉にチョコ渡したい女子が俺に頼んできたんだよ。大人しそうな黒髪の清楚そうな人だったけど今の話を総合するとあれは橘さんだったんだな」
一樹が思い出したように言った。
「だったらあの時にちゃんと言ってくれよ」
そうしたら失恋なんてしなくて今頃初恋が実ってもっと早く明日香と出会えてたかもしれないのに。
「ちゃんと言ったぞ。だけどお前は上の空で全く聞く耳持たなかったじゃないか。それでチョコを返すのも忍びなくて食べていいかって聞いたら『好きにすれば』というから食べちゃった・・・・・・ってすまん。橘さんから預かったチョコ、俺が食べちゃったんだった。今更だけどごめんな」
一樹が本当に反省してるのかコイツと言う感じの謝り方をした。
「いいわよ。それぐらい。自分で告白しなかった私が悪いんだから。でもそうだったのね。お互い勘違いでずるずる来てしまったのね」
「やっと気づいた」
今まで黙ってた加奈が物知り顔で言ってきた。
「知ってたのか?」
「まあね。翔琉が失恋したって言ってた時も成り行きを聞いてたし、明日香からも昔のことを聞いた時どこかで聞いたような話だと思ってこの前翔琉の家に言った時卒業アルバムを見て案の定明日香の名前を発見したときにね。これはタイミングが悪かっただけの勘違いで二人は両思いだとね。だからそれを自覚させるためにこっそりと翔琉のところに――やばっ」
加奈は余計なことを言ってしまったとばかりに両手で口を押さえる。だけど僕は聞き逃さなかった。
「今こっそりと何だって」
「いやなんのことかな」
「私にも聞こえたんだけど説明してもらえる。加奈」
僕と明日香に見つめられて観念したのか口を開く。
「あのね、怒らないで聞いてほしいんだけど・・・・・・実は明日香が一樹の下駄箱に入れたラブレターを翔琉の下駄箱に移し替えたの私なんだよね」
加奈のカミングアウトに辺りが静寂に包まれた。
最初に口火を切ったのは明日香だった。
「じゃぁあの時、間違えて動揺してた私を見ながら笑ってたの! ひどいっ!!」
「ひどいのは明日香さんもそうじゃないんですか。お兄に対しての」
葉月に言われてビクッとした明日香は恐る恐る僕のことを見て頭を下げる。
「翔琉君、ごめんなさい。勝手な勘違いで踏み
明日香は申し訳なさそうに頭を下げ続ける。カミングアウトするにはこのタイミングしかないかもしれない。
「あ~あ、なんというか・・・・・・実は知ってたんだよね」
明日香が驚いて顔を上げる。周りのみんなも見てくる。
「あの時、明日香が逃げるようにいなくなっちゃって今が分からなくてその場で呆然になったけどとりあえず帰るかって思った時、教室にバッグを置いてるのを思い出して取りに戻ったんだ。そして、ドアを開けようとしたとき偶然中から声が聞こえてそれが明日香と加奈が話してる声で全部聞いてしまったんだ。加奈がやったことは知らなかったけど」
加奈を睨むように見るとそっぽを向いて下手な口笛でごまかしている。
「だったらどうして私と付き合ってくれたの?」
「それは簡単だよ。僕もあの失恋で正確には勘違いだったみたいだけどもう彼女は作らないつもりだった。だけど、明日香の告白に目を奪われてんだ。それにあの時は初恋の相手が明日香だって気付いてなかったけどめろめろにして本当に僕のことを好きにさせればいいんじゃないかなって思ったんだ」
「翔琉君」
明日香と目が合う。目が離せない。今だったらキスできるんじゃないか。
「ゴホン!」
咳払いが聞こえて僕達は顔を逸らす。
「いい雰囲気なところすいません。どうやら妙なすれ違いが原因のようですね。分かりました。今回は不問とします。だけどお兄に何か良からぬことをしたら許しませんからね」
「大丈夫だよ。葉月。心配してくれてありがとね」
「私は別に・・・・・・」
「わ~、葉月、デレてる。ツンデレだ~」
「ひより、何か言いました」
ひよりちゃんは葉月の迫力に圧されて「何でもないです」と縮こまっている。
ぐう~!!
安心したら僕の腹が鳴ってしまった。恥ずかしい。みんなも笑っている。
「そろそろ休憩して昼食でも取りましょうか」
明美さんの提案に反乱は出なかった。窓の外を見るといつの間にか海が見える。もうすぐアクアラインを渡るところまで来ていた。
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