第34話 ひよりちゃんの気付く恋心

 改めて移動しようとすると、


「明日香さん、ちょっと待ってください!」


 葉月が明日香を呼び止める。


「葉月ちゃん、どうかした?」

「写真撮っていいですか。お母さんに後で見せたくて」


 葉月はスマホを取り出して構える。


「えっ!? ちょっと待って」


 明日香は慌てて髪を手でほぐして思い出したように胸元が開いたブレザーのボタンを留める。

 明日香を普段知ってる僕からしたら品行方正で非の打ち所がないが、見た目はギャルのそれだ。知らない人から見たら遊んでるように見えるかもしれない。

 あれでもないこれでもないと身支度を整える明日香に向かって言ってやった。


「大丈夫だよ。そのままの素の明日香を見せてくれればそれで。母さんは見かけで判断する人じゃないから。もし、そうならあんなけしからん胸をしているひよりちゃんが家に入り浸ってるのを許すわけないからね」

「お兄さん、私のことそういう目で見てたんですか。私の胸、けしからなくないよね、ひよりちゃん?」

「・・・・・・ギルティ」

「そ、そんな」


 ひよりちゃんがオロオロと鳴き真似している。そんなひよりちゃんを放置して、


「写真撮りますよー!」


 明日香が恥ずかしそうにモジモジして立っている。


「はいっ! チーズ!」


 カシャッ!!


「うまく撮れました。ありがとうございます」


 葉月がそそくさとスマホを仕舞う。あまりの速さに見せてとは言えなかった。

 気を取り直して二階にある僕の部屋に移動した。


 ドアを開けると、男部屋が珍しいのか明日香が物珍しそうに眺めている。

 葉月は僕の机の椅子のキャスターに座る。僕が座ろうとしてたのに・・・・・・葉月が早い者勝ちですっていう顔で見てくる。・・・・・・まぁいいけど。

 ひよりちゃんはいつもみたいに僕のベッドにダイブしている。全くしょうがないな。この時僕はいつもの自分の部屋で失念してたようだ。この場所に明日香がいることに。恐る恐る明日香を見るとひよりちゃんの方を見て目を丸くしている。僕はどうこたえようかと迷っていると、


「ひ、ひより! 何してるの!?」

「何ってお兄さんのベッドに横たわってるだけだけど」

「そんなうらやま――じゃなかった。はしたないから降りなさい」


 今うらやましいて言おうとしてなかった。僕の聞き間違いか?


「いつものことなのに。ねぇ、お兄さん?」


 明日香が「そうなの?」って言わんばかりの目で僕を見てくる。

 いつものことで失念していた。いくら妹とはいえ彼氏のベッドの上で異性が好きかってやってたら彼女は良く思わないもんな。


「ひよりちゃん、これからは僕のベッドに寝っ転がるの禁止」

「そんな~、今まで何も言わなかったのに。お兄さんも彼女ができて冷たくなったね」


 ひよりちゃんはそんなことを言いながらベッドから降り、葉月に泣きつく。葉月はそんなひよりちゃんの頭をよしよしと撫でている。僕はそんな様子を尻目に話を進めることにした。


「それじゃあ、夏休みに泳ぎに行くことについてだけどどこか候補あるか?」

「その前にお兄、一ついい?」


 葉月が挙手した。


「何だ?」

「一樹君達には言ったの?」

「そういえば言ってないな。今聞いてみるよ」


 僕はスマホを取り出して一樹に電話をかける。数回コール音がした後、直ぐに一樹が出た。


「もしもし、一樹。実は――」


 僕は用件を伝えて「また後で」と電話を切る。


「一樹、加奈と一緒に近くにいるから後五分ぐらいで来るって」

「二人一緒ってもしかして悪いことしちゃったかな?」

「そうかもね」


 明日香の言葉に僕は相槌あいづちした。


「どういうこと?」

「あ~、そういうこと」


 ひよりちゃんはよくわかってないようだが、葉月は察しがついたようだ。


「葉月、分かったなら教えて!」


 ひよりちゃんが葉月の殻に手を置いて揺さぶっている。その顔は真剣だ。ここは、僕が教えよう。


「実は、あの二人付き合いだしたんだよ」

「・・・・・・つきあいって手押し相撲的な?」

「ひよりちゃんも冗談言うんだね。付き合うってのはもちろん男女交際だよ。昔から好きだったくせになかなか告白しなくて、最近になって一樹が告白して付き合い始めたんだよ。だから、二人が一緒にいるってことはきっとデ――――」

「ちょっとお兄」

「何だ?」

「ひより、フリーズしてるけど」

「・・・・・・」


 ひよりちゃんの前で手を振っても反応がない。

 そのままこと切れた人形模様に崩れ落ちた。


「どうしたんだ、具合でも悪いのか?」

「そう言うことだったのね、ひより」

「明日香さん、分かりますか」


 心配する僕をよそに明日香と葉月は意思疎通している。僕の彼女と妹が分かりあってる様に少しだけ嫉妬心が燃え上がる。


「どういうこと?」


 僕が観念したように聞くと葉月が答える。


「いい、お兄。ひよりは一樹君のことが好きだったんだよ」

「・・・・・・えっ!? マジ? 僕のことが好きって言ってなかった?」

「お兄、分かってないね。ひよりは夢むる乙女なんだよ。好きな人が二人いたんだよ。昔から遊んでた年上の男子。いつからかあこがれが恋に変わって。ひよりはよくお兄にはちょっかい出してたのは好きな人にはちょっかい掛けたくなるってやつだったけど樹君には出してなかったでしょう。何でだと思う?」

「それは人見知りしてたんじゃないの」

「最初はそうだったかもしれないけど、何年もあってる人にひよりが遠慮すると思う」


 僕は、ひよりちゃんの今までの行動を思い出す。プロレスごっこだとか言って技をかけてきたり、隙あらば胸を当ててアピールしてきたりって・・・・・・あれ? これって僕のことが好きなんじゃないの。


 僕が思ってることを察したのか葉月が答えてくれる。さすがは僕の可愛い妹だ。


「ひよりはお兄が好きだと認めるのが恥ずかしかったから冗談やちょっかいをかけてじゃれてるんだと思ってたけどこの落ち込み様、一樹君に本気で恋してたんだね」

「確かに、普段はがめついのに変なところで遠慮するからね、この妹は」


 葉月の言葉に明日香が補足した。


あんだけ無反応だったひよりちゃんが立ち上がると僕の枕を掴み部屋の隅で抱き枕のように抱き着くと丸くうずくまった。


「お兄さんの匂い、落ち着く」


 僕の枕・・・・・・本当に落ち込んでるのか? 時折チラッと見てくる。構ったら負けのような気がするから見なかったことにした。


 その言葉で三者三様ひよりちゃんを心配してたのがばかばかしくなったようだ。


「じゃあ、もうそろそろ一樹達がくるからピザでも注文しておくよ」

「お願い、私は飲み物でも用意してくるね」

「葉月ちゃん、私も手伝うよ」


 葉月を追いかけるように明日香も部屋を出て行って、この部屋には僕とひよりの二人きり。

 僕は部屋の隅に蹲っているひよりちゃんを置物だと思ってピザを注文するのだった。

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