第33話 僕と明日香のキス未遂

「お前ら、明日から夏休みだからってハメ外すなよ。それで問題起こされて困るのはお前らの担任である私だからな」

しずくちゃんこそ彼氏作れよー!」

「うるせー!! 余計なお世話だ。それに名前で呼ぶな! 私は先生で大人なんだぞ」


 一学期最後のホームルーム。担任の先生と一部の生徒がじゃれている。僕達の担任の先生は雨宮雫あまみやしずく。二十五歳と若く年齢が近いこともあり大人の先生と言うより年上のお姉さんみたいで親しみやすい(本人は大人の女性を自負してるがクラスメート達からは可愛い妹か愛玩動物的な扱いをされている)。本人は彼氏が欲しいらしいけど未だに一度もできたことがないらしい。僕から見ても芸能人顔負けの美人で性格もいい。(明日香には負けるけど)何で彼氏ができないのかは見た目が原因ではないだろうか。先生は身長が百五十センチメートルもない。踏み台がないと黒板の上から板書ができないほどだ。見た目から彼女っていうより妹っていう認識の方がしっくりくる。僕が明日香と付き合いだした間のないころ、本気で相談された時は困った。彼氏ができないのはその見た目と身長の所為ではととてもじゃないけど言えなかった。あの時は茶を濁してうまく逃げたけど、今でも目が合えば聞いてきて離してくれそうにない。

 僕は余計なことに巻き込まれる前に明日香と教室を出ようとしたとき声がかかる。


「ちょっと待て。星宮。今日こそ聞きたいことが――」

「さ、さようなら、先生。二学期に会いましょう」


 僕は先生の言葉にかぶさるように挨拶すると明日香の手を握って昇降口目指して走りだす。


「はい、さようなら・・・・・・って待て。話がっていうか廊下を走るなー!!」


 後ろから先生の叫び声が聞こえたような気がするが気にしないで下駄箱で靴に履き替える。


「何か先生、話が合ったようだけどいいの?」

「いいよ。どうせ大した話じゃないから。それよりこれから僕の家に行かない?」

「えっ!?」


 明日香は動揺したように上履きを落としあたふたし出す。顔も少し赤い。


「そ、そそそそんな・・・・・・私たちまだ手しかつないだことないしキスもまだなのに・・・・・・」

「あのさ、夏休みの計画話かったし、母さんが一度彼女を見たいって言ってたらどうかなあと思って無理には言わないけどって言おうとしてたんだけど何想像してたの?」

「そ、そうだよね。なーんだ、そうかそうか」


 明日香が誤魔化すように手で仰いでいる。その様子を見って前から思ってたけど明日香って実はむっつりスケベなんじゃ・・・・・・とても本人には言えないけど。

 そんなわけで春日部にある僕の家に向かった。


「ただいまー」


 玄関を開けると革靴がに即並んでいた。葉月と誰か来てるのかな」


「遠慮なく上がって」

「お、お邪魔します」


 明日香は自分の革靴を綺麗にに並べてから家に上がる。こういう所作しょさから育ちの良さが分かる。

 僕達はリビングに行くと、


「あ、おかえりー、明日香さんも来たんだ―」

「お、お邪魔します」


 明日香はちょっと緊張している。僕だって明日香の家に言ったら緊張する。これからいつか行く時が来るだろう。考えただけで不安になってきた。その時が来たらその時の自分に任せようと考えを切り替えた。


「お姉ちゃん、緊張しすぎだってば」


 リビングにあるテーブルに葉月が座ってる向かい側にひよりちゃんが座っている。二人とも制服姿のままだ。学校が終わったら真っ直ぐに来たのだろう。


「何でここにひよりがいるの!?」

「何でってわからない。葉月と勉強してるの。これでも私、受験生なんで」

「そうじゃなくて――」

「――お姉ちゃん、言いたいことは分かるけど(気持ちが)重いよ。それだとお兄さんに嫌われるよ」


 ひよりちゃんの言葉がショックだったのか油の切れたロボットの様に今にもギギギ・・・・・・と音をたてそうな感じで振り向いて僕を見る。


「私、重くないよね?」


 明日香が聞いてくる。その声は少し震えていて涙声だ。


「たとえ、明日香が重かったって僕は嫌わないよ。気持ちが重いって言い方を変えればそれだけ僕のことを好きともとれるからね」

「・・・・・・重いことは否定してくれないんだね」

「え、ごめん!」


 明日香がそっぽを向いてしまう。僕は慌ててどうしようとあたふたしてると明日香がすぐにクスッと笑ってこちらを振り向く。その顔はあまり気にしてない感じで、僕は胸を撫で下ろした。


「私も翔琉君が好きだからね。何があっても離すつもりないからね」


 僕の全身の血液が沸騰するように熱い。顔が火照ってるのを感じる。明日香も顔があかい。

 今とてもいい雰囲気じゃないか。明日香も目をつむって顔を上にあげる。これはOKサインじゃないか。何かで読んだことがある。よーし! やるんだ、翔琉! 遂に一歩前進するんだ。

 僕はそーと顔を近づける。明日香の顔が目の前だ。近づくにつれ段々とピンクかがったぷくーとした唇に吸い寄せられるように近づいていく。(あ、明日香の睫毛、長くてきれいだな)と余計なことも考えてしまう。

 そして、遂に明日香とファーストキスをわそうとしたとき――


「――ゴホンッ!」


 僕と明日香は慌てて見ると、葉月とひよりちゃんがこっちを見ている。葉月はジト―とした目で見ていて、ひよりちゃんは両手で顔を覆ているが指の隙間から覗き見ては「キャァァァァァァァァァッ!!!」と騒いでいる。その様子を見て我に戻った僕達は慌てて距離をとるとお互い顔を逸らす。今はとてもじゃないが明日香の顔をまともに見れない。


「イチャつくなら他所でやってくれません」


 葉月の一言で僕の羞恥心は限界で顔から火が出そうだ。さっきの僕をできる事なら殴りたい。


「はぁ~、まあいいです。それよりお兄、何か用があったんじゃないの?」

「あー、そうだった」


 僕は周りを見渡す。このリビングにいるのは葉月とひよりちゃんだけのようだ。こんだけ騒がしかったら現れてもいいのに来ないってことは家にいないのか?

 葉月に聞いてみる。


「葉月、母さんは何処だ?」

「お母さんならちょっと前にお友達に誘われて昼食を食べに行っちゃった。私たちは適当に食べていいて」

「何だいないのか。せっかく明日香を連れてきたのに」

「まあしょうがないよ」

「だな。じゃぁ、後でピザでも取るか。ひよりちゃんも食うだろ?」

「ゴチになりま~す」

「明日香もそれでいい?」

「・・・・・・」


 明日香が放心状態から立ち直っていない。明日香の顔の前で手をひらひらさせてみる。


「明日香?」

「な、何?」


 明日香が慌てたように返事する。


「お姉ちゃん、さっきキスしたかったんでしょ?」



************************************



「えっ!? そそそそんなわけないでしょ!」

「ははは、動揺しすぎだって」


 急になんてことを言うかな。この妹は・・・・・・


 私は無意識に右手の人差し指をした唇に当てる。

 さっきのことを思い出すだけで恥ずかしさが込み上げる。

 確かにひよりが言うように翔琉君とのキスが未遂で未練があると言えばそれまでだけど出来なくて良かったと思う。

 だって、ファーストキスだよ。記憶に残るだろうからムードを大事にしたい。翔琉君からしたいって言ってくれれば私はいつだって受け入れる覚悟だけど私にも心の準備がある。どうせならイルミネーションが綺麗な夜景の場所がいいなぁ・・・・・・

 妄想するだけで顔がにやけてしまいそうだ。そうこうしてる間にひよりが翔琉君に何かささやいている。

 翔琉君は何かを決心したように私に近づいてくる。


「明日香、キ、キキ・・・・・・さっきの続きする」

「さっきの・・・・・・?」


 私は一瞬何を言われたが分からなかったが、理解するにつれ思考がオーバーヒートしてボフッと爆発した。


「わ、わわ・・・・・・わわ・・・・・・」


 あまりの出来事に言葉を紡ぐことができなかった。



************************************



 ひよりちゃんが僕の耳元でささやく。


「お兄さん、お姉ちゃんさっきの名残惜しいんじゃないですか。ほら見てください」


 僕はひよりちゃんに言われるまま明日香を見ると何か口惜しいように自分の唇を触っている。

 そういうことか。明日香はしたかったのか。うぬびれていいのか。


「ひよりちゃん、そういうことだね」

「分かりましたか。理解が速くて助かります」


 僕を意を決すると明日香に近づく。明日香も僕に気付いて目が合う。手が届くところまで近づくと、


「明日香、キ、キキ・・・・・・さっきの続きする」


 キスと言うのが恥ずかしくて思わず濁したように言ってしまったが伝わるはずだ。その証拠に「さっきの・・・・・・?」と考える素振りをしていたのに思い出したのか顔がみるみる赤くなり動揺しすぎて「わ、わわ・・・・・・わわ・・・・・・」としか言えなくなっている。


「お姉ちゃん動揺しすぎ」


 ひよりちゃんが笑っている。その様子を見て葉月が、


「いい加減お兄をいじって遊ぶのやめてくれないかな」

「冗談だって。相変わらずブラコンなんだから、葉月は」

「ブラコンで結構」

「うわ~、開き直ってるよ」


 冗談だったのか~。本気で明日香にキスしなくてよかった。

 これ以上考えない様に思考を切り替えよう。


 未だに壊れたロボットみたいになっている明日香を揺さぶる。


「な、何?」


「夏休みの打ち合わせしよう」

「そ、そうだね」


 僕達がリビングを出ようとすると、葉月に呼び止められる。


「夏休みの打ち合わせなら私たちも行っていい。泳ぎに行く約束もあるし」

「そうだけど受験勉強はいいのか」

「ちゃっと休憩。勉強だけじゃ息が詰まるもん」

「適当なこと言って息抜きしたいだけだろ?」

「そうとも言う」

「――ったく」


 これから僕達は夏休みの予定を立てるべく移動するのだった。

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