第16話 僕の彼女は今日も可愛い

「行ってきまーす」


 僕は家を出ると春日部駅に向かう。明日香とは大宮駅の構内にあるまめの木という中央改札口南側と北側の間に立つ銀色に輝くらせん状の鉄の大きなオブジェの前に午前八時に待ち合わせしている。このオブジェは大宮駅を利用したことある人は知らない人はいないぐらいの待ち合わせ場所として有名な場所だ。僕は時間にゆとりをもって三十分前に着くように行動している。

 東武アーバンパークラインに揺られて大宮駅にだんだん近づいていくのに合わせて緊張で心臓がバクバクしてきた。世の中のカップルは毎回こんなことをしてると思うと尊敬する。そう思っているうちに大宮駅に着くアナウスが。たまたま乗った電車が急行だったため岩槻に停まっただけで予定より早く着いた。待ち合わせ時間にはまだ余裕がある。明日香が来るまでに何とか平常心を取り戻さなくては。


 改札を抜けると、エスカレーターを上り二階に行く。多くの通学、通勤客の流れに沿うように行くと、遠くにまめの木が見えてきた。近づいていくと人だかりができていてみんなぐちぐちに何かを言っている。


 芸能人でもいるのかな?


そう思って人垣を割って前に出ると、オブジェに寄りかかるように背をつけてスマホを操作している女子高生がいた。

 なにをかくそう、僕の彼女、橘明日香。その人である。


(何で明日香がもういるの!? もしかして時間間違えた!?)


 焦った僕はすぐに時間を確認する。時間は午前七時二十五分を過ぎたところだった。まだ待ち合わせ時間まで三十分以上ある。ホッとしたのもつかの間、一つの疑問が生じる。


(もしかして時間言い間違えたかな)


 どうしようと思っていると、明日香が不意に視線を上げてこっちを見てきた。目が合った瞬間、驚いた表情をしたと思ったら、過ぎに表情をほころばせて手を振ってきた。


「翔琉くーん!」


 明日香が僕のことを呼ぶのに合わせて野次馬が一斉にこっちを見る。

 注目されるのに慣れてない僕は胃がキリッと痛む。帰りたい衝動に駆られる。

 だけど行くしかない。明日香がここまで注目を浴びる美少女だということを失念していた僕に落ち度がある。


「ごめん。待ち合わせ時間は八時だと思ったんだけど違ったかな」

「あってるよ。私が楽しみで早く来ただけだから。実は昨日も楽しみすぎてなかなか寝付けなかったんだよね。まるで遠足前の子供みたいだね」


 明日香がおどけたようにウインクして舌をペロッと出す。

 その仕草が可愛いすぎて今にも発狂してしまいそうだ。

 

 みなさーん! この可愛い生き物が僕の彼女なんですよー!


と、道行く人々に言いたい。


落ち着いて考えるとなんか夢みたいな気分だ。僕は知っている。明日香が一樹の下駄箱に入れるラブレターを間違えて僕の下駄箱に入れてしまったことを。僕だったら間違えたからって好きでもない人とは付き合わない。もしかしたら断るのは申し訳ないとも思ってるんだろうか。だとしたら早く言ってあげた方がいいか。傷も浅いうちに。


「――翔琉君! 翔琉君!!」

「な、何?」

「心ここにあらずみたいな感じだけどどうかした?」


 どうやら考えこけてしまったようだ。


「何で明日香は僕と付き合ってくれるのかなと思って」

「――私じゃダメ?」


 明日香が不安そうに僕を見つめてくる。今にも涙がこぼれそうだ。


「そうじゃないんだ。何で僕なのかと急に不安になって、本当に僕なんかで良いの?」

「自分のことをなんかなんて言わないで。それは自分の価値を下げるのと同時に私の見る目も否定するから」

「だけど・・・・・・」

「だったら証明してあげる!」

「えっ!?」


 明日香が僕の右手を掴むと次の瞬間、自分の胸に触れさせる。


「どう? ドキドキしてるでしょ。好きでもない人に対してここまでする?」

「ちょ、ちょっと胸に触ってる――」

「――えっ!」


 自分でも気づいてないのか明日香の視線が胸元にいくと段々と顔が真っ赤になっていき慌てて僕の手を放すと両手で胸元を隠す。

 明日香が睨むように見てくる。


「・・・・・・翔琉君のエッチ」


 理不尽だ。自分から触らせたくせに。だけどここで口答えする度胸は僕にはない。この前のチンピラみたいな輩には強くいけるんだけど、女の人には強くいけないんだよな。


「ごめん」


 僕が素直に謝ると明日香が近づいてきて僕の耳元で「責任取ってね」と言って僕の手を取って走り出した。

 周りからやっかみみたいな声が聞こえたような気がしたが僕はそんなのを気にしないぐらい動揺していた。何と手を繋いでいるのだ。しかも、彼女が出来たらやってみたいことの一つ。恋人繋ぎを。


 僕がずっと手元を見ていたのに気付いたのか明日香が聞いてくる。


「もしかして手をつなぐの嫌だった?」

「そんなことないよ。ただ手汗が酷かったらどうしようって思って」

「それはお互い様。私だって恥ずかしいんだから」


 僕はこの恥ずかしさに比べれば写真を一緒に取ることぐらい大差ないとお願いしようとした。


「あ、あのさ! 僕と一緒に写真を――」


 言い終わる前にホームに電車が入ってくる。電車の音で僕の声が聞けされてしまった。


「何か言った」

「何でもない」


 そして、特に何かするわけでもなくさいたま新都心駅に着いた。大宮から一駅だと近すぎる。改札から出たところで改めて言おうとしたときに邪魔者がやってきた。


「明日香。よかったら僕と一緒に――」


「明日香―!!」


 明日香の背後から加奈が抱き着いてきた。


「今日は早いね。ホーホー、なるほど」


 僕と明日香を見比べて一人納得している。


「もう恋人繋ぎまで。もしかしてキスまで済ませた?」

「「キ、キキキキス!?」」

「あはははは、二人とも動揺しすぎ」


 加奈にからかわれて僕と明日香の顔が真っ赤になる。恥ずかしさで顔がカッカとする。


「二人とも初心で安心したよ」


 それだけ言い残して嵐のように去っていった。


 僕は改めてお願いをした。


「明日香、僕と写真撮ってくれない」

「私も同じことを思ってた」


 そして僕達はスマホを取り出してカメラアプリを起動して二人ショットをとると明日香にデータを送った。

 僕の念願がかなって遂に彼女の写真をゲット。


 早速待ち受けに設定した。

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